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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【デスミュ】神の視点とそうでない所から

デスミュ 【※】ネタバレ

※本編のネタバレ含みます。


新しく色々気がついたことだとか、Twitterで話題に上がっていたりしたものだとかを、それぞれちょっとずつ言及。
普段の記事よりもラストシーン近辺に触れる物が多いので、よりご注意を。


Lと光と月

【デスミュ】夜神月の「正義はどこに」 - 夢は座席で安楽死。で少し触れた奴の補足。


M-19「揺るがぬ真実」にて、Lが唱える最後の一説はこうだ。
「死神の影から姿見せるはず、光の」
ただこれだけ聞き取ると、単に推理の突破口としての光の姿が見えたという風に取れる。実際私もそういう風に受け止めていた。


M-23「命の歌詞」間奏内
「“ライト”…光だけの世界」
キラがいる世界を肯定するミサに対してLが放つこの言葉。
まだ月=キラと決め付けたLの揚げ足取りの嫌味にしか聞こえない。どうしても月=キラと決め付けなければ気がすまないLらしいなとさえ思う。


M-25「揺るがぬ真実(リプライズ)」
M-19同様、Lが歌う最後の一説は「死神の影から姿見せるはず」という同じ言葉を最後まで言い切らないまま曲が終了する。
そしてその後、暗闇の中に光(ライト)が灯り、月(ライト)が姿を表す。


これに気がついた時に、ぞっとした。
単純なダブルミーニングとして受け取るだけでも、よく出来たロジックだと思う。
けれど、やたらとLばかりが月=光に拘っている気がした。きっとLにとっても月の存在は光なのではないかと思った。
つまらない、退屈だらけの毎日に、突然差し込んできた光。
そう考えると、二人称が違うことも気にならなくなってきた。
夜神月の名前を呼びかけながら、彼の光をLも追っているのだろうなと勝手に思うことにした。

細かい演出

n番煎じくらいだが、ステージは時計だよねという話。
40秒(文字盤の8の位置)を割りと多用していたり、ラストシーンの40カウントのこだわりはお見事。
あと同じく、基本的に月が上手(右=R)Lが下手(左=L)にいるのもメモっておきたい。
取り急ぎそれくらい。

Lの最後の言葉について

何故あのタイミングであの言葉を?という話を見かけたので個人的意見。

私達は神の視点から舞台を観ている、かつ、リピートしている人間は「この先どうなるか」が解った上で観ている。
故に、話はここで終わる事も知っていて、夜神月の結末もわかってるので「まだ先」とは?と一瞬なり、終了後に違和感があるのは当たり前だ。
けれど、あの時あの場所にいるLはこの先の結末を知りえない。あそこで物語が終わると知っているのは神の視点から観ている私達だけなのだ。
あくまでもLの視点から、Lしか知りえない情報からすれば、そして何を持って「勝ちとするか」という点から考える。
すると、あの状況に対して何も言葉を発しないのはLらしくない。負けず嫌いのLの最期においてはこの言葉は最大の悪態かな、とぼんやり考える。


言葉の意味合いとしては「夜神月との勝負には負けた、しかし私の推理に間違いは無かった。それに私自身はお前の正義=世の中の正義とは認めていない。そして世の人間が今認めている正義だってどうせその内に掌を返される。その時もお前は私に勝ったと思えるか?」というニュアンスで取っている。
ので「勝負の結果はまだ先」なのではなかろうか。


自分が消えた後の世界で、夜神月がどれだけ神と崇め奉られようと、いつか世界がお前の事を否定する。何故ならそれは正義ではないからだ。と、最期まで自分の正義を貫き続けるL。
直前のM-26「最期の時」でも延々と月の言葉を否定し続け絶対に受け入れない姿勢を取っている。
しかしそれらの言葉も負けず嫌いのLの心の底からの言葉で、そして自分の正義を曲げないことが、対等にゲームをしてきた夜神月へのある種の敬意なのかとも思う。


そういえば「彼らがあのタイミングで言葉を交わすことは今までどの展開でも無かったなとふと思う。
原作7巻ではきちんと対話するタイミングも無かった。他のメディア媒体でも同じ。
なので、実際にこの展開を向かえた時にLがどんな事を言うだろう?と自分なりに考えてみたら、やっぱり悪態をつくだろうなと思った。
だから、その結末が何年後何十年後になろうと、自分がいなくてもお前の正義を否定し続けるからなと言い残して言ったLの負けず嫌いさは、とんでもないと思った。
「先」と証したのは、ある意味で自分と対等に戦った夜神月を認めて、評価しての事なのではないだろうか。
まあ、結果的にそのLの読みは外れることになるのだが。


完璧に余談だが、このM-26のイントロ及びメロディラインがとてもきらきらと綺麗でイメージだけでいうとなにかのアニメ最終話の特別版のEDのよう。
「これから海まで競争だな!」とか言っている姿が似合いそうだ、と1回思ってしまったら、そうではないEDが待ち受けているので悲しくなった。(悲しくなってばかりだ)


最後まで相反する二人

ラストのシーン、今までは胃を痛めながら見ていたのだが、下手側から双眼鏡を通してトリミングをして覗いてみたら
上手い具合に手前に月の顔、奥にLの顔が並び、「月とLが二人で眠る世界」が見えて、あまりにも耽美で焦ってしまう。
どんな正義も、どんなゲームも、どんなラストも、こんなに儚いものなのかと思って結局胃が痛い。でも芸術品みたいで吸い込まれた。
目を瞑った月とLが同じ空間にいて、その二人の顔を並べて自分の目で見る事なんてこの先の人生であるかないかといったら多分無いので、しっかり拝み、後は悟りが開けた気がした。


2階から観ると「陰陽図のようにみえる!」と言っているのが私だけではないので、多分そういう狙いもあるのかな。もう一度きちんと確認したい。
彼らを陰陽とするのは余りにも的確すぎるだろうと思った。
夜神月を光とするならば、差し詰めLは闇なのだろう。でもそれは決してどちらが正しいという訳ではない。


陰は陽がないと存在できない、また陽も陰がないと存在できない。どちらだけでも駄目。
だからどちらかが消えたら、このゲームは終わり。どちらも消えてしまう。
ゲームの終了を「始まりだ」と高らかに宣言する月。
そして「むなしいだけだ」と言い放つL。
言っている事も、姿も、どこまでも真逆だ。そっくりなのに、真逆だ。


ああなんて儚い…尊い……とか考えていたら、結局また泣いてしまう。
色んな局面から何度も繰り返し見て、考えて、言葉にしていく内に、やはりこの二人の関係性を言葉の端々からでも感じ取れる様にしてくれたのが嬉しい。
結局のところその行間を読むのはこちらの仕事なので、膨らませすぎと言われたらそれまでなのだが、行間を読ませてくれない舞台も多いので、もう好きに行間を読ませて貰えるだけで嬉しいのだ。


正直、私はもうこのミュージカル内の全ての側面からみた「Lと月について」を書きたいだけだと思う。こんなに色んなシーンを見て語れるのが楽しくて大分イキイキしている。
千秋楽が終わった後、生きていられるのか軽く不安だ。