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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【デスミュ】二つの正反対な光

デスミュ 【※】ネタバレ

※本編のネタバレ含みます


浦イト東京楽お疲れ様でした。明日が東京楽日なのが信じられないくらいあっという間。そんなこんなでやっとWキャストについて言葉がまとまってきた。ので、その話。


今回、月がダブルでそれに対峙するLがシングル、というシステムがとても好きだ。
物語上は月とLの相対する人間が戦っているが、更にそこで柿澤・月(以降柿ラ)と浦井・月(以降浦イト)の相対する二人の月が存在している。
三つ巴でもなく、なんというか、上手く言葉にできないのだけど、それがとっても素敵。
あとはこのキャスト3人が仲良くて微笑ましいのでそのギャップも良くない気がする。「33-29-27の魔力」と称しているのだが、なんかもう、ヤバイ(言語を失ったオタク化と自称)。


今回私がデスミュにハマって周りの友人に是非是非、と言っていて、頻繁に聞かれたのが
「どっちの方が良かった?」
という言葉だったのだが、私はそれに対して答える事をしなかった。
個人的好みに関してはもう各自が各自好きなだけ語ったらいいと思うのだが、「どちらが優れているか」「どちらが正しいのか」みたいなニュアンスで定めてしまうと面白くなくなってしまう。
勿論聞いてきた友人達にはなんら悪気はないのは重々承知の上でだが、それでも答える事は出来なかった。


私が基本的に、推しキャストを上げる為に比較でもう片方を下げられるのが凄く苦手で、更に偏屈なのでそういう意見を見ると結構苦しくなるのだが
今回は柿澤くん推しの人が浦イトを観ていたり、浦井くん推しの人が柿ラを観ていたりして、こっちがこうでここがいい、ここはこっちの方がよかった、と冷静に語った上で「やっぱり推しが好き」みたいな感じがめちゃくちゃ素敵だなと思った。
でも別に「両方(どちらか)を観ないなんて損」みたいなのも得意じゃないから、偏屈をこじらせると面倒なんだと今回改めて実感した。(結局何が言いたいのか良くわからないけど正解を決めるのが好きではないというはなし)


なんというかそう思わせた理由がというと、二人の月が“別の完成した形”でそこに存在しているからなのではないかな?と。
同じもの作っているのではなく、まったく別の姿で、だけれど確かにどちらも夜神月だった。
色んな方が二人の対比については語っているので、絶対になにかしらの言葉は被ってそうなのだけど、とりあえず自分の言葉でもまとめる。


一言で言うと柿ラは「内に向けての発信」、浦イトは「外に向けての発信」が強い気がした。
柿ラの言葉は自分に向けて、こうなんだ!こうなんだ!こうなんだ!!と矢印が向いている。
この月を観ていると「そう思わなくちゃ」と自分自身に言い聞かせている月を見つめていて、心が張り裂けそうになる。
浦イトの言葉は他者に向けて、そうだろ?そうだろ?そうだろ!?と矢印が向いている。
この月を観ていると「そう思わなくちゃ」と私達に月が圧力をかけているように感じて、恐怖を感じる。
「僕は新世界の神だ」という言葉のニュアンスがこんなにも変わるのかと、びっくりした。


【追記】
そして最後のシーンにおいて、二人の「外に向けて」「内に向けて」の感情がぐるっと真逆に変わる。
浦イトは「僕なら大丈夫だろ、おいおい」って冷静じゃなくなるし、柿ラは「なあ皆もそう思ってるだろ!?」って突然同意を求めはじめる。
その余裕の無さというか、自分の保て無さの表現自体は一緒なのに、向く矢印が逆になるの、凄いと思った。
【ここまで】


柿ラは狂気の受け皿の素質を持っている普通の高校生が、デスノートを拾うことによりその狂気が足元からじわじわ満たされていく感じ。
ビジュアル面含めて「原作とは異なるこの世界の夜神月」感が強い。この世界への同調ゆえの悩みや歪みを持っている努力型の秀才タイプ。
良く叫ぶ。僕は大丈夫だ、僕は間違ってない、だから平気だ。僕は新世界の神なんだ。大丈夫だ。って聞こえてきそう。
生きることにしがみつきすぎて、今にも死んでしまいそう。どこまでも生を実感させてくる。人間的が足掻く、汚い部分が感じられる。負けたくなくて、地べたを這いつくばる。
Lの事で150%以上の力を出しすぎて、頭に血が上りムキになりすぎている。Lとの「子供じみた幼稚な戦い」感はこちらのほうが強い印象。


浦イトは最初から孤独な世界の神様で、デスノートを拾うことにより狂気が頭のてっぺんから再びコーティングされていく感じ。
ビジュアル面含めて「原作から飛び出てきた夜神月」感が強い。この世界への良い意味での異質感を持っている生まれながらの天才タイプ
良く泣く。何を言ってるんだ?僕の言ってる事は間違ってないだろ?なんでそんな目で見る?って聞こえてきそう。
生きることに飽き飽きしていて、触ると今にも壊れてしまいそう。どこまでも美を実感させてくる。神の様な振る舞い、美徳が感じられる。自分の美を壊されたくないがあまり、ひび割れていく。
Lのその先を見据えているが故に、目の前の障害物が越せない事に対して本気でかかっている。Lとの「ずる賢い大人の戦い」感はこちらかな。


本当に色んなものの矢印の方向がまるでまったく、180度違う。
最早狂気という感情を使った暴力なんじゃと思わせてくるくらい、どっちも怖いし、どっちも胸が苦しい。つらい。
だからこの二人の月に優劣はつける事が出来ないし、正解は存在していないと私は考えているし、しいていうのならば「月が2人いる事が正解」なんじゃないかなと思う。
「柿ラを観ると浦イトが観たくなる、浦イトを観ると柿ラが観たくなる」と色んな人が口にしているが、まさにその通りで。
とんでもないキャスティングと、とんでもない解釈だなとじわじわ来ている。


細かいどうしようもない事を上げて行くと「浦イトの方が華麗に回る」とか「柿ラの方がテニスのフォームが綺麗」とかそういうどうでも良いことはボロボロでてくるのでその辺の優劣がつかない比較は凄い楽しい。
多分もっと細かい表情だとかセリフの言い方だとか、そういう点で感じ取れるものは沢山あって、けれど私の脳のキャパシティと、あと物理的に目が不足している。
なのでその辺りの気がつけなかった事は、また人様の感想とかを観て「ふむふむ」と思えたらいいなと思っている。


明日の東京千秋楽が柿澤くんの大楽なので、先に一つ光が消えてしまうんだと思ったらとっても切なくなった。
その後に大阪・名古屋とあるが「柿ラの世界」は明日で最期になる。
そこに向けて小池Lがどう仕上げてくるのか、彼らの世界はどう終わるのか、そして一つになった光が大阪名古屋でどうかかってくるのか、それに対する小池Lは…と、考えが尽きない。
まずは明日の「一つ目の最期」をしっかりと見届けたいと思う。




蛇足の大喜利


日常の様々な面においてこの月はこうっぽいみたいなどうでもいいネタメモ。


浦イト柿ラ
教室内一番後ろの窓際廊下側前から三列目
猫好き犬好き
部屋の時計はアナログ部屋の時計はデジタル
SNSをやらないうわべの「いいね」を連打
長財布三つ折財布
ハンカチタオル
Google Chromefirefox
新宿駅新南口新宿駅東口アルタ前
女性が泣いても(人として)興味が無い(女子として)興味が無い
スヌーズをかけなくても起きる綿密にスヌーズをかけておく(1回目で起床)
コーヒーは別にセブンのでも飲むコーヒーといえばスタバ
靴下をはく順番は決めていない毎日決めている
31の日でもシングルのカップ31の日はダブルのワッフルコーン
シャンプーとリンスを間違えたら何食わぬ顔で手を流すもう一回頭を洗う
持ってるチケットが推しゼロズレ推しゼロズレのチケットを確保
口に入れば何でも美味しい美味しいものじゃないと口にいれない
しゃぶしゃぶはポン酢+もみじおろしゴマダレにポン酢混ぜる


並べてみたら本当にどうでもよかった。
多分浦イトは俗世っぽくなくて何ものにも囚われない、柿ラは現世の繊細な情報強者みたいなイメージなんだと思う。