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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【デスミュ】世界最初の「おわり」に立ち会う

デスミュ

DEATH NOTE THE MUSICAL
世界初演そして日本初演の全38公演お疲れ様でした!


デスノート The MUSICAL

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2015年5月23日~5月24日
愛知県芸術劇場大ホール

割と勢いだけで名古屋に飛んで、美味しいもの食べて人と話して、大千秋楽を満喫して。
まあまだまだ語り足りない。飽き足りない。デスミュすごいな!となるばかり。
とりあえず自分の中でも一区切りという事で、今の気持ちを忘れない内にぱらぱらと。


「一度リセットされる」こと

まずは名古屋公演で感じたことについて。
「大阪と名古屋はある種、超短期間での再演なのかも」みたいな話をしていて。
というのもやっぱり今回東京と大阪の間が2週間も空いていて、ダブルキャストはシングルになった。
その間に他の舞台の稽古が入るキャストも様々。会場も変わり、指揮者も変わる。
朝起きて、自宅から劇場に行って、公演をして、自分の家に帰って、寝て、朝起きて、という地続きの30公演とはどうしたって変わるものがある。
よりよくなった、とか、どこが悪くなった、とかじゃなくて、個人的には「リセット」かなと思ったので、そういう話になったというか。
なんというか「日生劇場でやったデスミュ」を他の劇場でやる為に作り変えている様に、私の目には見えた。
でもだからこそこんなに短期間でまた新しいデスミュを観る事が出来て、とても満足しているし、結果的に地方公演をやってくれてよかった、いけて良かったとなっている訳で。


今回個人的に一番大きかったのが、指揮が変わったと言うポイントだった。
クラシックのコンサートで指揮が変わると印象がガラッと変わるのとまったく同じで、やっぱりミュージカルでも印象は物凄く変わる。
同じ歌を別の人が歌うと全然違う歌になるように、オーケストラにも表情はついていて、振る人が変わると圧倒的に変わる。
そしてミュージカルに置いて真ん中にある音楽が変わったら、そりゃあ作品の印象も変わって当たり前という訳で。
東京を担当されていた塩田さんの指揮は、基本形を崩して遊びながらちょっと意地悪、細かいことは気にしない!な生き生きとした笑顔の印象、
対して大阪と名古屋を担当されていた田邉さんの指揮は、結構真面目でちょっと神経質、けれど優しくてゆっくり包み込んで、繊細に微笑んでる印象。
同じデスミュなのにまったく違って、もう色んな人にデスミュの楽曲を振ってもらいたいと思った。
田邉さんの指揮は柿ラと合うんじゃないかな~と思ったので、何か機会があったら是非聞いてみたい。


大阪にしか行けない、名古屋にしか行けないという方もいるし、逆に東京しか行けない方も大勢いる。
なので大阪と名古屋でも塩田さんに振って貰いたかった!ダブルキャストで行って欲しかった!という気持ちはあったのだけど、
東京でがっつり堪能した私は二度美味しい思いをしてラッキー!となっている。
何が言いたいかっていうと「違ったよ」という事は言いたいのだけど、別にそれが良かった悪かったの話ではないという事。
逆に条件が変わった地方でまるでまったく同じものが出てきたら、それは違うと思うし、場所が変わって人が変わると「当たり前にデスミュも変わる」という可能性を教えてくれたのが素晴らしかった。


今後のデスミュに望むこと

次に今後のデスミュについて。
先日はじめたaskで「デスミュをヒットさせるには」みたいな面白い質問を頂いて冗談まじりに答えていたものを、ブログにも持ってきてみた。
ネタ回答なのでまあ読んでも読まなくても、という感じなのだけどもし宜しければ合わせてぜひ。
【デスミュ】デスミュをヒットさせる為には - 夢は座席で安楽死。


やっぱりデスミュはやっぱり長期的にみて、将来的に「存在を当たり前にさせるコンテンツ」になっていって欲しいと思っている。
だからどの国の公演が良かったとか、どのキャストが良かったとか、そういう小さいことはもうガンガン捨ててしまって、色んな国で色んな人がやったら良いと思う。
優劣をつける為に色んな場所でやるのではなくて、沢山のデスミュを作るために色んな場所でやっているのだと思うし、言語や価値観、常識が変われば、作品も変わっていく。そんなのは当たり前で。
日本と言う土地にしか住んでいない私は、どうしたって日本語で上演されるデスミュの言葉を強く拾うのと同じように、他の世界の人もきっと一緒。


大千秋楽でも改めて加賀さんが「日本からミュージカルを出していく時代になった」という事を仰っていて、改めてここが「はじまり」なんだと思った。
この後に何が起きても世界初演とオリジナルキャストである事は揺らがないので、オリジナル組にはもうドン!と構えていて欲しいし
この世界初演を観にいってデスミュが大好きになった私みたいな人も、変わる事や他のものを恐れる必要はないと思う。勿論寂しさはあれども。
別に卒業制度がある訳ではないので、国内でも別のキャストでやった後にまたオリジナルキャストでやったって良い。時代が変わって新解釈の演出をやる時代が来たって良い。
まるでまったく同じメンバー集めたって同じ公演は二度とないのだから、最初から決め付けないで、色んなことに挑戦したらよいと思う。
今回出たキャストが別の役をやってみたって楽しいと思うし。これだけ熱狂したから寂しくもあるけれど、制限をかけたらここでデスミュは終わってしまう。
だからどんどん色んな所で「デスミュ」をやってほしい。色んな「デスミュ」を作って欲しい。


今回はなにより世界初演ダブルキャストにする事で明確な一つの正解を作らなかったのも良いと思っている。
勿論同キャストでの再演は望んでいるけれど、このキャストでないとデスミュでないという図を作ってしまうと、この後の広がりが持てない。
誰がやっても確かにデスミュで、けれどまったく別のデスミュがどんどん作られていく事が大事だと思う。


冒頭の自分の言葉を返すようだけれど、やっぱりこの日本初演は5月24日の名古屋公演が大千秋楽だった。
最後の8公演は浦井くんがシングルで駆け抜けた訳だけど、それでもやっぱり東京30公演がダブルだったからこそというか。
2人の月がいて、そして上げていった熱量を1人の月に集約してぶつける。
リセットという可能性を見せた上で、日本初演の完成形をみせてくれた気がしている。
今回の主演3人(という表記が私は好きなのでそうしたい)は、3人だからこそとても良いバランスで、3人だからこそ出来上がったものがある。
どちらか片方の月だけでも満足はしていただろうけれど、このコンテンツがこんなに面白くなったのはまるでまったく別の顔を見せてくれる2人の月がいたからこそというか。
「オリジナルキャスト世界初演でのデスミュ」は、夜神月役がダブルキャストだったからこそ、ここまで研ぎ澄まされて完成したんじゃないだろうか。
そしてその気持ちが自分の中で揺らがない確固たるものになったので、今後どういう展開をしていっても、この初演に心の底から満足している自分の存在は変わらない。
「まだ観たい」「また観たい」という気持ちは勿論あれど、今はこの初演を観た事実があれば十分に噛み締めて生きていける。
私はこの世界初演という瞬間に立ち会えた事と、こんなにも熱狂できた事を誇りに思っている。


最後に行き着く言葉

大千秋楽で喚きながら唇を噛み締めて思わず血が滲んでいる浦井くんも、
これから海外に飛び立つというのにどうしても、と名古屋にわざわざ来た柿澤くんも、
そんな2人と最後まで飄々淡々と戦い続けた小池くんも、他のキャスト方も、オーケストラも、スタッフも、皆みんな最高だったなとしか言いようがない。
欲目もあれど、今回関わった人たちは皆仲がよくて、尊敬しあっていて、そして何よりデスミュを大好きでいてくれた。
そんな人たちが作り上げた作品に、観客として関われて、本当に幸せだった。
最終的に行き着くところは何度話をしたって「感謝」で、これからもその気持ちを忘れずに色んなものを楽しんでいけたら良いなと思う。


東京公演が終わったあとにも同じような事を言っていたのだけど。
まさかまあこんなに色んな人にブログを読んで頂けたり、Twitterで交流していただけるとは思わず。
勿論社交辞令諸々あれど「ブログやツイッターをみてよりデスミュを楽しめた」なんて言って頂けたことがとっても嬉しくて。
自分が原作を好きで上手く言葉に出来なかった気持ちが、今こんなに流暢に溢れてくるのは自分でも驚いているし、自分の言葉でデスノやデスミュの魅力をちょっとでも伝えられたのなら、死ぬほど嬉しい。
本当にひとり言のチラシの裏程度で日本公演終わったら消そうかな~くらいのゆるい気持ちだったのだけれど、この熱は消してはいけないし今後も続けようと思えたので、そういう意味でもデスミュには心から感謝している。


例えばこれからずっと先、デスミュが世界で上演されるのが当たり前になっていたとして。
ネットで偶然このブログを見つけたどこかの世界の誰かが世界初演を観にいってこんな考察してた人がいるんだ」って思ってもらえる時が来たら、とっても素敵。


という訳で今後も好き放題やっていくので、どうぞ、よしなに。
ちなみにデスミュの話はまだし足りてないので普通にやめずに続けていく。
書き忘れたこととか、思い出したこととか、思いついたことあったらまだまだ喋り倒す。