夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】海の夫人

海の夫人

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2015年5月13日~5月31日
新国立劇場・小劇場

http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/150501_003733.html


確か2013年には既に告知がされていて「流石新国立は告知が早い」とか言っていた気がする。
そして何が一番怖いかと言うともうそれを観劇する日が来ていたという事だった。
今年3回目(たぶん)の橋本淳くん。彼については後述。

舞台の作り方とか

新国立劇場ってなんであんなに居心地が良いのだろう。といつも不思議に思う。
まず今回3時間の舞台で、小劇場だったので正直腰などが心配だったのだけど、きちんと全席にぶあついクッションが用意されていた。優しい。


暗い廊下を抜けて、まるで隔離されたみたいな劇場に入ると対面式のかわいい形のセットが待っていた。
座席に着くと、無音。BGMとかはない。お客さんの喋り声とか雑音が客席にひびく。
この始まる前の独特な空気が大好き。終わった後のしいんとした余韻も好き。
隔離されてるから、現実に戻るまでもちょっと時間あるし、とてもいい空間だと思う。
終わった後に余韻にひたってぼーっと出来るのは、好き。


対面式とか円形の舞台って、現実と現実で嘘がサンドされてるみたいな設計というか
舞台って言う「偽りの世界」をみているのに、その視線の先には間違いなく自分と同じ現実のお客さんがいるっていう図が結構怖い。
場合によって、反対側に知り合いがいたりとか、あとは寝てる人がいたりとか、そういうのがあると突然現実に戻っちゃう。
そんなはずなのに、後ろに見える現実さえも気にならないくらいの3時間だった。


宮田慶子さんの演出って絵本みたいでかわいくてすきだなと思っている。
前回は同じく宮田慶子×新国立劇場の「ピグマリオン」も見たのだけれど、その時もなんかかわいいなと思っていた。(あれは大道具もめちゃくちゃかわいかった)
ぼんやりとした灯りとか、太陽みたいな灯りとかの使い分け、不思議なセットに配置される8人の役者、それぞれが絵本の中のキャラクターみたいだった。


1幕2幕3幕/休憩/4幕5幕という構成で、休憩外の幕の移り変わりは暗転で表現する。その感じが凄い好き。
これから次の章にいきますよ~!って明確に教えてくれる。
普通の舞台での長い暗転って大嫌いなんだけど、これは物凄く効果的な暗転というかなんというか。
意味を持って場面を暗くしている、それこそ絵本のページをめくっている間の隙間みたいで、心地が良い。
衣装も、全員白というかクリーム色のふんわりとした優しいイメージで統一されていて、唯一「見知らぬ男」だけ真っ黒で重苦しい服装だったのが、またよかった。


物語とか役とか

小さな土地での女性の話で、しかも昔の男が出てくる…という何か直近にとんでもない思いをした地獄のオルフェウスがふとよぎってしまったので、
物語が終わった瞬間、とにかくヴァンゲルさんよかったね!!と泣きながら拍手をしたい気持ちだった。
休憩の時にこれこのままどうしようもない結末だったらどうしよう…と思ったのだけど
最終的に笑顔で劇場で出る事が出来たので、意外と物語についてはそこまで語る事がなくなってしまった。
ハッピーエンドで終わる舞台って、満足するから意外とそれで話すのやめちゃったりするよね、と別件でも話していたのだが、まさにそれだった。


役で言うと、最初ヒルデがとても怖かった。
なんていうか自分が認めないものは排除!型なのかなと思ったので、とかく怖かったんだけど
暫くしてすぐに、ああこの子は幼いんだ、排除したいんじゃなくて受け入れたいんだ、と解ったので怖くなくなった。ツンデレはかわいいな。
と、思うと同時に今度はボレッテの事が怖くなった。
でも結局ボレッテも外の世界に憧れていて、勇気が出なくて、現実があって、という色んなものにはさまれての上での言動だと思うと納得がいくし、結局のところ、根っからの悪い人が誰もいない舞台だった。


ただ、リングストランがとんでもない自己中男で物凄い困った。
変なやつっていうか、こいつ現実にいたら一発殴りたいと思ってしまった。
新国立劇場で舞台をやっている時の橋本くんの笑顔は、あくどい物じゃなくて、純粋で無邪気ゆえの狂気みたいのを持っていて、怖い。
「あなたがここにいて、そして私を思っている。ただそれだけで十分です」っていうセリフがもうまったく魅力的じゃない。*1
それこそピグマリオンの時の「君が住む街にいられる、それだけで心が弾むから」というセリフ*2と言ってる事は似てるのにここまで腹が立つのは凄いと思った。
でも、リングストランはこの後すぐ死んじゃうのかなって思ったら、彼は彼の描いた夢を見られないのかと思ったら、なんか途端に悲しかった。


この作品の中に出てくる男達が基本的に空気が読めないし自己中だった。
女性陣も大概だと思うのだけれど、私はやっぱり自分の性別が女なので結構いらいらさせられていた。
そんな中、ヴァンゲルの言葉はとてもまっすぐに見えた。
まっすぐだからこそ重いとか、縛り付けられているとかいうものがあったりとか、優しいからこそ、怖いものはある。
選択肢が無いと、選択肢を奪った人のせいにして、責任を押し付けて自由に憧れてしまうエリーダの気持ちはなんとなく解る。
でも自分の行動や発言が自由の名の下に存在しているのならば、意外と安定した所にとどまれると言うか。
だからヴァンゲルが本当に優しくてエリーダの事を考えられる人で、それで結果的にあのラストになって、本当に本当によかった。


「沼の中の鯉は、外にもっと広くて綺麗な世界があると知らずに死んでいくの、可哀相」
「でも、彼らが沼の外に出る事が必ずしも幸せだとは限らない」
…と、いうようなやり取りが、確かになあと思った。
傍観者からしてみれば、あっちの世界とこっちの世界を知っていて、だからこそ比べて勝手に可哀相だと決め付けるが
当の本人からしてみればそんな事しったこっちゃないわけで、勝手に可哀相にされてもねという所もある気はする。


「海の生物は、陸に上がると海に恋焦がれる。
けれど、一度陸に上がった海の生物は、もう海には戻れない。」


そう強い意志で告げるエリーダの声を聞いて、この舞台を観に来て良かったなあと思った。
途中闇に飲み込まれそうだったけれど、なんとも美しい世界だった。


橋本淳というひと

が、好きで。
ひとというか、橋本淳という役者が好きというか、役者をしている橋本淳というひとが好きというか。
でも、ただ昔から知っていて見ているだけで、一生懸命追いかけてる訳ではないから全部の作品を観ている訳ではないし
観にいく時もドンと嵌れば何度でも行くけれど、1回観れたら十分くらいのスタンス。
けど、彼の出ている作品は「橋本淳が出ているなら」という理由でみにいく。そんな感じ。


不思議なんだけど、舞台の上にいる彼を見ると必ずと言っていい程、恋に落ちた気分になる。
それが真面目でも、チャラくても、なさけなくても、かわいくても、クズでも、自己中でもなんでも。
「舞台の上にいる橋本淳が演じている役」を、いつも好きになる。
でもそれは所謂リア恋とかガチ恋*3ではない。だからいつも不思議な気持ちになる。


例に漏れず今回のリングストランの事も好きになった。
史上最悪にどうしようもなく空気が読めなくていらいらした、殴りたいと思った。
それでも彼が向ける愛情がこっちに向いたらいいのにと思ってしまった。彼に愛情を与えられたらと思ってしまった。
もうすぐ死ぬなんて嘘だって言ってほしかったし、彼には彼の夢をかなえて欲しいと願ってしまった。
でも、やっぱりそれは橋本くん本人に対してではなくて、彼が演じているリングストランに対してだった。


彼の演技の姿勢とか、まるでまったく別の人物になってもにじみ出る何か本質的な部分とか、そういうものがそうさせるのかな。
どんなに辛い舞台でも、幸せな舞台でも、彼が演技をしている姿を見ると「あー私も頑張って生きよう」って思わされる。物凄い生のパワーがあるというか。
お芝居と言う嘘の世界の中で、本物の生きてる力を感じ取れる、みたいなところがある。
私も言葉にしてて良くわかんないけど、とにかく、そう。


彼を初めて見たころと、最近とじゃやっぱり大分キャラも印象が変わった。
けれど、本質的なものはいつ見ても変わらないなあと思う。とっても真面目だし、いつでも演技に対してとても真摯に向き合っている。
なんとなく不器用な所とか、偏屈で頑固な所とか、我が強いところとか、でもどこか弱いところとか、儚く笑うところとか、全部好き。
なのに、本人の事を好き!大好き!追っかける!という感じには何故かならない。これからもきっと変わらない。
むしろ出来れば遠くから見ていたいと思うのは、彼の存在が余りにもリアルで、私と同じ世界線にいるのを知っているからなのかな~と思っている。


とかく、コンスタントに見続けてる内の一人ということは、間違いない。
そして私が見に行く役者の中で、割と不思議なポジションにいる人だ。これも多分変わらないんだろうな。
随分といろんな数の役を観て来たけれど、全然飽きなくて、それどころかこれからももっと色んな役を見てみたい。色んな演技の形を見てみたい。
のでこれからもいろんな橋本淳が見れたらいいなあと思いながら終わった、2015年5月最後の観劇だった。

 

*1:自己愛とねじれた愛情ゆえの言葉だったので、文字そのままの意味ではなかった。

*2:フレディというヒロインに恋焦がれる金髪の情けない青年の役だった。このセリフが凄い好きでいたるところで使ってしまう。

*3:役者自身に本気で恋をしてしまう事なんだけど、そうじゃない。