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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【ひとりごと】「舞台の上にいる人しか好きになれない病気」について

ひとりごと

 
舞台の上にいる人しか好きになれない病気
…と、いう事をたびたび私がいうので、それってつまりどういう事なんだよみたいなのを、20年後にこのブログを読んだ私が読んだ時に「こんな事を考えていたのか」と解るように書き留めておこうと思った。
つまりどういう事だっていうと、まあ読んで字のごとく「舞台の上にいる人しか好きになれない」わけでそれ以上も以下もない!と言っちゃうとこの記事の意味がなくなるからあえて掘り下げ。

病気の概要

いわゆるリア恋・ガチ恋状態が「舞台上の役」に対しておきる状況のこと。私は慢性的にこの病気を患っている。この病気は大きく2つのパターンに分けられている(後述)
きっかけや理由はそれぞれ異なるのだが、最大のポイントとして「演者(中の人)の事は本気で好きにならない」。この場合の「好き」はあくまでも「恋に落ちる」という意味の好きであって、役者として好きだ~という気持ちはよく生まれている。

役への発症(パターンA)
特定の役者が演じる「特定の役」が該当する。
基本的に「ビジュアルが好き」だとか、「キャラ設定が好き」だとか、いわゆるキャラ萌えをこじらせた状況に近い。(原作がある舞台はまた別の情報が入ってくるので例外もある。)
舞台が面白くてその中の1人に同調してしまう場合、舞台が面白くなさすぎて役が好きになる場合、元々なんとなく役者に興味があった場合など発症要因はさまざまである。
この場合は本当に一過性な事が多く、ばっと好きになってばっと次に行ってしまうため早い時は観劇が終わって半日もすると気持ちが治まることもある。が、こじらせると割りと永遠にこじらせ続けている。

役者への発症(パターンB)
「特定の役者」が演じる役が該当する。
基本的には、役者に対してある日突然発症する。
理由としては多分「その人が演技をする時の熱量」みたいなものにあてられているのだと思う。
本人自身が好きというより、その人が役をアウトプットする時の力に惹かれてしまうパターンで、一旦これを患うと、基本的にその役者がやるどの役に対してもそういう事がおきる。
舞台が面白かろうがつまらなかろうが、ここに該当する役者がいればだいたい幸せな気持ちで帰ってくる。
一応私の頭の中では「予備軍」「軽度」「重症」くらいのステージわけがされているつもり。

症状

いわゆる少女漫画的に「恋してます」みたいな症状がでる。
見てるとドキドキするとか、「うわー!?」となってそわそわしたり、舞台を観に行く!となった際にやたら挙動不審になる。
複数観劇予定がある場合は、2回目以降の観劇の直前に動悸と息切れが激しくおこり、観劇後にその役の事しか考えられなくなる。
主に休憩中や観劇後に発作がおき、時間が経てば経つほど悪化したかと思うと突然おさまる。そして予期せず再び発作がおきる。
発作がおきるとTwitterやLINEで「大変だ好きだ!?」「やばい」「どうしよう」「こまった、好きだ」「はあ……」「どういうことなの」といった日本語崩壊が見受けられる。

悪化時のリアルへの影響

・のめり込み過ぎて自分がどこの次元にいるのかわからなくなる
・通いすぎてきちんと食事をとらない
・考えすぎて夜も眠れない
・心臓がいたい
・考察の文章を書きすぎて腱鞘炎がおきる
・無気力状態が続き人間であることをやめようとする
……などのどうしようもない症状がおきる。
通った舞台の千秋楽翌日は基本的に何もしないで家にこもっている事が多い。
人として問題があるかもしれない。

対処法

パターンA、Bともに考察でも、ぼんやりした感想でも、雑念でもいいから飽きるまで考えて吐き出してを続けると、少しは落ち着くので、とにかくアウトプットをする。
パターンBの場合は、予め終演後に感想を聞いてくれる友人や、吐き出せる場所(今はTwitterがあるから便利)を作っておく事が多い。
症状は出た後は、出来れば声にして喋り、自分の耳でもう一度聞いた方がよいので、症状を自覚したら誰か友人と美味しいご飯でも食べながらその役について語る。そして気に入った役は後悔しないレベルに通って観ておく。
予防策はないので、落ちたら落ちるだけ。
むしろ最大の予防策は舞台観に行かないことなので、却下。

一般のリア恋・ガチ恋とちがうところ

素の瞬間に対しては症状がおきない
パターンAは素の瞬間にそもそも興味を持たないことも多い。ただし役をひきずってしばらく情報をチェックしている事はある。
パターンBの場合も、役者の普段の行動や、役をしていない時のイベント(トークや接触含む)の際はまったく緊張しない。興味が無いわけではないのだが、そういう際にはこれらの症状はおきない。
あくまでも「舞台の上」にいる相手に対してのみ発症するので、どんなに大好きになった役をやった役者でも、逆に舞台上にいると好きになってしまう系役者の人でも、舞台の上にいない時は普通のテンションで見ているので、わりと自分でもわけが解らない。

パターンBの中でも「SNSなどもこまめにチェックしている人」と「熱心に追っかけはしない人」がいるのも少し面白いところ。
後者の場合、結果的に回数を通う場合もあるが、最初から全通する!みたいな意気込みのポジションではない事が多い。
パターンBの重度になればなるほど、この色が強くなり、自分でも不思議なのだけど、なぜかそういう距離感で生きている。
素の面が好きなタイプと、役者として好きなタイプが異なるのでこういった事がおきるのだと思われる。


複数の役者に対して同時発症する
発作症状はおきるが、それの対象が「対実在の人間」ではない為に、当たり前に複数の人間や複数の役に対して発症する。
観劇期間がかぶっている場合は並行したりシフトする場合もよくある。
同時期の場合はパターンAよりかは、パターンBの方が力としては強いかもしれない。


同じ役者でも発症しない場合がある
パターンAの場合は基本的おきない。
ただ別の役者がやっている同じ役でも発症をしない事が多い為、「その人がやってるその役」というのがポイントである。
パターンBの場合は、熱量の問題で役が好きか嫌いとかの話ではないので、役のタイプの好き嫌いはあまり関係ない。
軽度の場合は3割くらいの確率で発症しないことがあり、重度の枠組みに入ってしまった人に対しては、ごくまれな場合をのぞいて発症する。


映像の場合の発症率の変化
パターンAは映像作品でも関係ない事は多いが、あくまでも「舞台の上にいる人」に対しての症状なので、映像の場合は発症率が下がる傾向にある。
パターンBの場合は軽度だと発症しないことがよくあり、重度でも6割くらいに発症率が下がる。


劇場にいる瞬間から暫くが頂点の一過性
両パターンともに発作症状がこの病気のメインなので「その役」でなくなった瞬間、恋する気持ちは消えてしまうし、次に好きになった役が出来て発作がおきると、すぐそっちのことばかりになる。
けれど嫌いになるわけではないので、ある日突然思い出したかのように再び発作がおきて暴れることが多々ある。
いずれにせよ好きな役が蓄積されていくだけなので、わりとどうしようもない。


千秋楽が終わるともう会えない
つらい。ほんとうにつらい。
次の仕事を考える必要がなく「今だ!」と思ったらとにかく勢いだけでなんとでも出来るのだが、役者自身に対しての気持ちではないので、その舞台がDVDになろうが再演しようが、その時のその役にはもう二度と会えないので、好きになればなるほど、千秋楽翌日の無気力さがひどい。

まとめ

というわけで文章にまとめてみたら、正直自分の患い方が大分末期だなと改めて感じた。
周りからも「難儀だ」とよく言われるし、自分でも「難儀だ」とは思うのだけれど、非実在であるからこそその瞬間に色んな熱量をかけられるし、パターンAの場合は役者に何がおきても(ひどい言い方だ)傷つくことがないのでその点は楽である。
パターンBの場合は、役者自身に対してはリスペクトの気持ちばかりなので、普通に興味があったら本人のトークなりなんなりが聞けるイベントや接触イベントにいったりもするが、その度に「やっぱり舞台の上にいる瞬間が好きだ」と思わされるので(よい意味で)、本人に対しては普通に接する事ができるので気楽だ。
なにより視野が広がるし、新しい舞台を観る度に自分が新しい世界に飛び込んでどきどきできるのは、本当に楽しい。

私はこういうパターンが多いのでこんな感じのパターンでまとめてみたけれど、他にも「普段リア恋属性がないけどこの役にだけは恋してしまった」パターンとか、「必死に追いかけてる役者に対してリア恋じゃないんだけど役の時は恋してしまう」パターンとか、もっともっと色々あると思う。
わりとこの病気の人って各所にいると思うので、よかったら握手しましょう、そしてお互い安心して楽しく生きていきましょう。