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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】サンセット大通り

【※】ネタバレ 舞台

サンセット大通り

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2015年7月4日~20日
赤坂ACTシアター

http://www.tbs.co.jp/act/event/sunsetblvd/


デスミュが終わった後に「いくぞ!」って言った癖にギリギリまでチケットを確保していなかったという奴。でもあっさりふらっと濱柿ペアを観に行ってきた。
開演時間を30分間違えて早く劇場についたら、凄い美声の発声練習が聞こえてドキッとした。
今回はこちらのペアしか観れそうにないのでそこが主体の感想で。

舞台全体について

赤坂ACTは、私が知ってる劇場の中でも、交通アクセスや音響、椅子、トイレの数などなどで「好きな劇場ランキング」の相当上位に食い込む劇場なのだけど
やはりどうしても入り口の導線と、客席からロビーへの導線がイマヒトツだよなあと思った。行く度に思っている気がする。
けれど客席に座ってしまえば関係なくなるので、まあその辺は我慢できる範囲かな~というところ。
あと土曜の昼公演でも2階席のS席部分後方があいていて、仕方がないとは言え勿体無く感じたし、出来ないのはわかるんだけどA席の人つめちゃえればいいのにね、と。


ステージ上が明らかに日本ではない印象がばりばりで、オーケストラの音楽も相まって異国情緒にあふれていてとてもよい。
オルガンとかアコーディオンらしき音が聞こえていて、その音がとてもきれいだった。
メインテーマは8分の6拍子なのかな、なんかわりと不安定なゆらゆらした感じなのが世界観にとてもよくあっていた。
盆の上に三又に分かれている大きな階段のセットがあって、それを中心に物語が動いているのが、小さいおもちゃ箱みたいでかわいくもあり、怖くもあり。
全体的に照明が明るい印象だったので、2階席からだと表情がはっきり見えてとても助かった。(個人的に照明が明るい時は上階のほうが表情が見やすいと思っているのだけれどどうなんだろう)
あとは私がミュージカル作品に本当にうといので、当たり前のことなのかもしれないのだけれど、2階席の手すりより前の部分3箇所(下手・センター・上手)に、それぞれコンダクターの様子がモニタリングされていて
舞台上から指揮の映像が見える状態になっているという事を知って、どえらくびっくりした。
最近の技術って本当に凄いんだな、というのと、私の座席位置的にちょっとのぞくとリアルタイムでマエストロ塩田の映像が見えるのはちょっと面白かった。


作中、何度か車が走っているんだけれどあれはどうなっているんだろう。普通に遊園地とかのゴーカートとかと同じようなものなのかな。
普段自分が観る舞台だと現れないものがまだまだ沢山あるし、解らないこととか、知らない「当たり前」がいっぱいあって、凄いわくわくした。
…けれどもまあ重い話だったのでわくわくするというよりかはぞくぞくしてたんだけども(笑)
あと冒頭のシーンで登場するデッキブラシが自撮り棒に見えて「いけこ現象か!?」と思ったら普通にデッキブラシだった。
本当にこればかりは単に私の目が乱視なのがよくなかった。でも自撮り棒に見えたんだ……。
その話を友達に言ったら「6秒の無声映画撮れるね」って言われて凄いツボにハマってしまった。


物語と役について

一言でいうとA列センターブロックの一番上手側に座りたいだけの人生だった。(ジョーが登場する時にそこの席のお客さんの方に手を乗せる演出がある)


最初、あらすじをざっと読んでしか行かなかったので、この物語はノーマがメインで、それについてジョーが語る「ラブロマンス」なのだと思っていた。なのに、ジョーの感情がとにかくぜんっぜん読めなかった。
それが最初とても気持ちが悪くて、なんかもやもやして、うまく作品の中に入れなかったのだけれど、結果的に「あ、これミステリーなのね」という事でストンと納得。
ノーマが主人公のラブロマンス、かつ、「何故ジョーが死んでしまったのか」というジョーの為のミステリーなので、なんとなくどこかジョーが蚊帳の外の人間になっていて、それがたまらなく気持ち悪い。
多分ノーマに感情移入する女性のお客さんは多くて、そういう人はその目線から観て涙を流したりするのかな~と思ったのだけれど、私は今回の作品の中で感情移入できる役どころが1人もいなくて、だから余計に俯瞰で観る形になってしまったのだけれども、結果的には良かったのかもしれない。
あれだけきらびやかな世界の中で、恋にも、愛にも、嫉妬にも、自分にも、誰かにも夢中になれないジョーは、どこか客席に座る私たちのようでもあったのかも。
彼1人だけ客席からあらわれるし、彼だけ客席に語りかけてくるし、物語のメインにいるのに「物語の中にいない人」で、ふわっふわしてるというか。
というか逆に、どこかでジョーに感情移入してしまったからうまく世界に入り込めなかったのかもしれない。中々難しい。
「死人がラブロマンスに沿いながらミステリーの説明をする」って中々お洒落でいいなと思った。


冒頭、ハリウッドのイカれた仲間を紹介するぜ!みたいな歌の最後に「これがハリウッド……」と嫌気が差したような声で言いながらも、直後何かふっきれたかのように「最高だよ」という柿ジョーがとてもよかった。なんかここがとても好きだった。
ここで生きていく事に不満もないし、楽しいし、好きなんだけど、自分はここでしか生きていけないとは思いたくなくて、ちょっと外にあこがれてて、でも外に出る気は無くて、なんかちょっと何かと戦っちゃってて怒ってるみたいなあの感じ、とてもよかった。
全体的に柿ジョーは自分の人生あきらめてるっぽい口調なのが、個人的にはヒットだった。
「才能は去年で品切れ」みたいな台詞の言い回しがおしゃれすぎて、今度から私もなにかスランプに陥ったらこのワードを使おうと思う。


物凄く個人的になのだけれど「過去の栄光にしがみついて現実が見えてない女性」が、リアルでもお芝居の世界でも苦手で。
なのでノーマをみていて本当にとてもとても辛くて、その辛さは嫌いだというよりかは解るから苦手で辛いみたいなところもあるのかもしれない。
ノーマは過去の栄光にしがみつきながらも、更にメンヘラだからもう耐えられなくて。頼むから勘弁してくれ!みたいな気持ちが強かった。
ジョーがノーマに優しくする度に、ため息をガンガンついてしまった。
ノーマは「モダン調の床にしてもらったの」と言いながらジョーと一緒にダンスを踊るその床が、まさにチェスのボードの様に見えて、踊らされてるのは自分だと気がついていないのは、とっても寂しいけれど、ある種幸せなことなのかなあとぼんやり考えたりもして。


ジョーは、優柔不断というかもっとクズなのかなと思っていたんだけれども、物語が進むにつれて、本物のクズというよりかはファッションクズという印象になった。
「失敗するのが嫌」だから、最初からクズだったらこれ以上落ちないでしょ?みたいなものをなんとなく感じた気がする。
ノーマに対しても「監禁されたくない」「縛られたくない」と言っているけれど、いざ「監禁されなくなった時」「縛られなくなった時」が怖いから
最初からそうされないように悪態をついて、自分から逃げていってしまうようにも見えたかな。
自分で自分に対して「こいつは金をくれているだけで、パトロンだ、本当に好きになってなんかいやしない」といわんばかりに何かを言い聞かせていたけれど、ノーマに対して鬼になりきれず、結局ノーマが精神的不調を訴えると傍にいてあげてしまう、優しい言葉を投げてしまう、「大丈夫だよ俺がいるから」というその言葉は回りまわって「この人には自分が必要なんだ」という暗示でもある、よくある共依存のパターンで、アカンこれ私が好きな奴だ!と余計に辛くなっていた。
煩悩を語ると、私もジョーの前で過呼吸を起こして優しい言葉をかけられたい気持ちになった。


一応自分の観劇が終わった後に、もう片方の平方くんと、あとは以前演じた田代くんのジョーの印象やら調べてみたところ、感想だけみても2人はもうちょっと振り切ってるというか闇落ちしていくさまというか、とりつかれていってしまっている印象を受けた。
柿澤くんはなんというかこう、闇の方へゆっくりゆっくり【自分から】吸い寄せられて歩いていってしまう印象が強いかもしれない。だから私にはジョーが物凄く弱くて儚い印象だった。


なのでマックスの正体を知った後に、ジョーがベティを突き放す選択をしたのは、きっと自分がマックスのようにベティを愛せないという不安や、アーティへの後ろめたさ、それからベティが汚い自分に愛想をつかすことへの不安とか、そういう部分への弱さがあるのかなと受け取った。
それにプラスして、マックスからノーマへの、ノーマからジョーへの、そしてジョーからベティへの…となりかかっていたカルマみたいなものを断ち切った部分もあるようにも見えた。
その断ち切るという事は、ベティへの優しさでもあり、ジョー自身の弱さでもあるのかな。
そしてそのカルマを断ち切ったことによって、サンセット大通りのあの物語からジョーは排除されてしまい、スポットライトを浴びることも、カメラの前に立つこともなく、舞台裏の偽物の世界だけを見て、フェードアウトしてしまったのかなと。


ベティに対してのそれもあるけれど、とにかくジョーは優しい人だと思う。けれど、優しいゆえに弱い人だと思う。
ノーマに対する「50歳であることは悲劇ではないよ、25歳を演じようとしなければね」という台詞が、私としてはとても救いがある言葉に感じたのだけれど、あのシーンでのノーマに対してはそれは救いにも何にもならないと思ったし。それがジョーの優しさなんじゃないかなあと思うけれど、その言葉をノーマが受け入れてくれると思っていたのは、彼の弱さとか甘えの部分なのかな。


そしてなによりジョーよりもはるかに強いノーマの自己愛と、そしてそのノーマへの愛を語るマックスの関係に、涙が止まらくて。
最後の最後でここにやられるとは…と思って息がつまって、苦しかった。
マックスは、ノーマを一度も見放すこともなく、あきれることもなく、自分の人生を賭けても、ノーマの自己愛を満たすために精一杯になるのが彼の愛の形だったんだなあと思うとたまらない。
最後のシーンの「ライト!」と叫ぶマックスが最高に好きだった。あの瞬間、彼の愛は報われたように感じた。いや、きっといつだって報われていたのだろうけれど。
結局のところ、観劇が終わった後につらいつらいと言っていて、救いが無いように見えたのだけれど、ジョーは傷つかないまま物語の外に出た、ノーマは自己愛をつらぬいた、マックスはノーマの誇りを守った、ベティは道を踏み外さなかった、アーティは何も知らないままだった。
かいつまんでみると「悲しい」「辛い」しかないんだけれど、ジョーは結局のところ致命的な傷がつかないまま物語の外に出て、ノーマとマックスは2人の誇りとそれぞれの愛を守ったから、彼らは皆幸せだったのかもしれない。だから決してバッドエンドじゃなくて、メリーバッドエンドが正解なのかなあと。


なんというか、やっぱり舞台とかお芝居とか演劇とかを題材にした舞台って、面白いと思う。
メタなわけではないのだけれど、私たちが舞台上の彼らとコミュニケートできる一番の共通話題がそこだからなのかな。
この話が、海外の話でどこかやっぱり「よその国の物語」だから、うまく入り込めない人は沢山いると思うので、下北版日本オマージュとかやったら面白そう。
オペラ座の怪人も若手俳優パロやればいいのにって思うから、これもやったらいいのに。だけどそんなアイディアはもうどっかがとっくにやってそう。


観劇が終わった後、舞台は観ていない友人と食事をしていて「舞台を見るならバッドエンドかメリバがいい」という話で盛り上がっていた。
というのも、ハッピーエンドやショーエンタメみたいなものもとても楽しくて勇気付けられるし、気分はよくなるけれど、満足して終わってしまう事が多い。
後はクオリティが高くないと、その瞬間に全部破綻してしまうから難しいよね、という事も話していた。
何かひとつ爪あとを残したり、自分がゆっくりじっくり考えるなら、バッドエンドやメリーバッドエンドの方がやっぱりよくて、いわゆる「沼」になる舞台はこういうものが多いんじゃないかな。
脚本家や演出家の中のこだわりが見れるというか、ある種の関係性の追及ゆえの美というか、そういうのがあるから、確かに私もメリバの舞台の方がハマるし通っている印象がある。
受け取り手次第で解釈が変わるけれど、本人達からしたらそれが幸せだった、って、最高だよなあと改めて感じた。

水田くんと柿澤くんについて

水田くんはアミューズの子なので、以前からよく観てはいるんだけれど、ここ最近の彼ののびっぷりにわりと驚いている。
テニミュをはじめ原作がある舞台とか、アミューズの舞台とか何本も出ていて、そこにいる事が違和感とも変だとも思ったことは一度も無いのだけれど、
私的には去年の「金閣寺」と、この「サンセット大通り」を観て、水田くんはなんとなく外部とか大きい舞台にいる方がストンとくるものがあるかなと思った。
オーディションで事務所に入って仕事が結構なかったとか、韓国に留学に行くとか、NYに研修にいくとかなんか色々あったのをそういや見てきた気がするのだけれど、ここにきてめきめき頭角をあらしているというか、今まで積み重ねてきたものがちゃんと評価されているというか、大きい事務所の強さと、本人の頑張りを見れている気がする。
ミュージカルの歌のパワーはこのキャストの中にいたら確かに負けるのかもしれないけれど、ストレートもミュージカルも出来るしもっと色々のびていくのではないのかな。
良い意味で主役をやるよりも、主役の親友とかそういうポジションにおいておくと舞台自体が少しやわらかい空気になる印象だから、今回のアーティはハマり役だったのかも。というよりこの路線、ハマってると思う。


柿澤くんはご存知のとおり先日のデスミュからなのだけれど、今回サンセットを観に行こう!と思ったのは彼がキッカケなわけで。
デスミュ東京公演が終わったあとに柿澤くんが出ている「明烏」もふらっと見に行ってしまったし、今回もたった1回だけとはいえ、劇場に足を運ぶ理由になったので、そこらへんはわりと凄いなあと思っている。
柿澤くんの、しゃべるような、ささやくような、語りかけるような、そして時にはどなりつけるようなちょっと不器用な歌い方がなんとも好き。
後はTwitterでもちょこっと書いたけれど、彼の演じる役って凄く人間味があるというか、人間だからこその弱さが見えるというか。
根っからの悪人には見えず、どこか何かと戦っているように見える、その感じがとても惹かれる。
「弱く見える」というのが、ミュージカル界隈での評価としてよいものなのかどうかは私にはわからないのだけれど、人間味が強いという部分での弱さとか不器用さって、研げば本当につよい武器になると思うから、良い持ち物にして欲しいな~と感じた。
この弱さの表現が意図的なのかどうかが良くわからないから、まだこれからも舞台があったら足を運ぼうかなと思っている。


で、この2人の飲兵衛悪友っぽさがかわいかった。
実際の2人もわりとお酒飲む方だと思うので、仲良くなったのかな~と思ったり。
年は少し離れているけれど親友っぽさがでていて、そこが本当にとてもよかった。かわいかった。かわいかった。
私が観た回のカーテンコールは回数が本当に多くて、最後の最後で、2人でけらけら笑ってたところにとても少年を感じた。
みずかきっていうとなんか夏っぽいし(?)さわやかでかわいいよね。


完璧に余談だけれども、私が考える「敵に回したくない芸能事務所」のツートップがアミューズホリプロで。(敵に回したくないというか別に戦った記憶はないのだけれども。)
色々なやり方に対して「うわっ高圧的だなあ」と思いながらも、「お見事…」と毎回言っているのが、この2社な気がする。
商売というものは、難しい…と思いつつ、結果的にこの劇場で自分が目を引かれている二人がその2社の人なので、まあなんかつまりそういうことなんだと思う。