夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】天邪鬼 乱痴気を終えて

引き続き、柿喰う客の「天邪鬼」について。
初見後の感想はこちら


9月21日19時の乱痴気公演(全配役をシャッフルしたもの)を観終えてやっと何か落ち着いたような、まだ落ち着かないような、むしろ一生落ち着かないような感じ。
乱痴気を経て思った事は色々あれど結局まとまりそうにないので、とりあえず役について思った事でも書き残しておこうと思う。
本記事、十分に自覚を持った上でわりとひどい言葉のセレクトをしているのと、とにかく一旦吐き出したいのであまり読み返しをしていないのでご了承をば。

配役はこんな感じ。

本痴気 乱痴気
あまの じゅんや 玉置玲央 永島敬三
しょうじ きよし 永島敬三 葉丸あすか
ひより みずき 七味まゆ味 中屋敷法仁
おま せなこ 葉丸あすか 玉置玲央
しりた いぞう 大村わたる 七味まゆ味
なな ひかる 中屋敷法仁 大村わたる

 

乱痴気について

いままでの乱痴気公演とは大分様子が違った。いやいつも通りにカオスだったのだけれど。
なんというか今までだったら別に本痴気観てなくて乱痴気だけでも平気だよ~という感じで(実際今回もそういう誘い方をした方がいた)、乱痴気だけでも作品として成立していたのだけれど、「天邪鬼」に限り後でも先でもいいから本痴気がみせたくなりすぎる公演すぎて、とんでもなかった。
今回の作品の主軸が「演劇」だからこそ余計なのかもしれない。
後は本痴気の配役を受けてからの乱痴気の配役を見るとちょっと具合が悪くなった。
ぶっちゃけた話、ド頭で敬三さんがメガネをかけて登場した瞬間に泣いた。これはずるい。

なんだろう、配役がある種ぴったりで、けれどとてつもなく「演じている」感があった。
それはまあシャッフルをして別の事をしているから、当たり前にセリフが飛んだりギャグがぶっとびすぎてたり、皆体はってたり。
柿の皆がとってもとっても楽しそうに演劇で遊んでいた。
本痴気であんなにも苦しくて重くて鈍い痛みだった空間が、笑いの涙に変わった凄い愉快な空間。
Twitterにも書いたのだけれど、「天邪鬼」という大人気コミックスがあって、それを若手イケメン集団「柿喰う客」が舞台化したのが乱痴気公演!みたいな印象があった。
後は逆に「本痴気のかき組」たちが「乱痴気のかき組」を演じてるみたいな、なんというかそういう配役だった。
作品としての素晴らしさは変わらずだったんだけれど、どこまでもお芝居というか良い意味での作り物感があったというか。なんか不思議。
アフタートーク含めて「柿喰う客」自体の魅力がよくわかる乱痴気で、観たらとてつもなく肩の力が抜けた。
しかしおかげさまで本痴気の配役が恋しくなりすぎて思わず前楽を足した。元々あった予定は消えた。

あとは乱痴気はあたりまえに配役がシャッフルになるので、思わぬところで思わぬフォーメーションになったりする。
例えば「葉丸きよし」を追い詰める、中屋敷・玉置・七味トリオだったりとか、シンデレラになりたがる中屋敷・玉置・永島だったりとか。
後は女子役が中屋敷・玉置の柿喰う客きっての変態コンビで、その2人がスカートとタイツをはいて全力で暴れまわっているin本多劇場という図がなんかもう楽しすぎて辛い。
そういう「役者を知ってる」「柿を知ってる」目線から楽しむという事を含めても、乱痴気はとってもとっても楽しかった。
今回に限り1回こっきりで良かったと思う、この鋭さは2回やったらダメになっちゃいそう。

役どころについて

今回の乱痴気の配役は結構早めから事前に相談の上「一番打率が低そうな役」を天邪鬼に決めたとのこと。
中屋敷さんのせなこはまゆ味さんご推薦で「ヤシキに自分の役をやってみてもらえたら」という事での中屋敷みずきだったそうな。
稽古期間は2日くらい、各自本痴気の稽古の際にお互いの技を盗んで盗んで自分のネタをためて、稽古でぶつけて~という感じ。
中屋敷さんは演出もしていてお手本がないので、わたるくんは模倣できる元がいなかったからもう自由にやったよ、結果1ミリも金持ちそうに見えない!みたいな話でアフタートークも盛り上がっていた。
(アフタートークのレポはまた別途あげられたら。)

それにしてもお芝居と言うものは難しくて、観客の私たちは完成して演じられている役を観るのがその役との初対面になる。
けれど演者側はその役に対して「文字」の台本の状態で出会うから、違う人間が演じると当たり前に役の印象も大きく異なる。
そんなこんなで乱痴気を観た上で更に視野が広がり、色んな角度から観えたりしたものが増えたので、各役について本&乱両方の印象つらつら。

あまの じゅんや

玉置玲央という俳優を、もしくは柿喰う客という劇団を「擬人化」ならぬ「擬舞台化」したらこうなるんじゃ?みたいなイメージ。
柿喰う客で、玉置玲央で、でも誰でもなくて。そんなあまのじゅんやくん。

乱稚気でじゅんや⇔きよしのチェンジワンチャンあるで!と騒いでいたのだけれど(永島じゅんやと中屋敷きよしが来たら面白すぎると言っていた。)
実際に敬三さんがじゅんやとして開演前のくだりをやりはじめた瞬間、それだけで泣いた。
なんだろう、あの時の敬三さんは私には永島敬三に見えていなくて「しょうじきよし」が「あまのじゅんや」を演じているように見えてしまった。
もうなんか天邪鬼につかりすぎなのだけれども。けども。
この配役のお陰で、私の中の本痴気のきよしくんは幸せになったのか何なのかよくわからないのだけれど何かが1つ完結した気がした。

玉置じゅんやはじわじわ、じわじわ、と侵食してくる感じ。
どこか冷たくて、どこまでも自分を貫いて、違う世界に生きている。
永島じゅんやはじりじり、じりじり、とひっぱってくる感じ。
どこかに人間味があって、だからこその冷徹さがあって、ここにいるのに手が届かない。

あまのじゅんやくん、あまのじゅんやくん。
彼のことがまだまだわからない。もっと知りたい。まだ観ていたい。けれども明日で一旦お別れになってしまう。
まあでもきっとまたどこかの世界でまたすぐ会える気がする。

しっかし2人ともよく動く。本当に大きくなった5歳児のようで。とりあえず2人ともヒザを大事にして欲しい。

しょうじ きよし

本痴気で断トツトップで大好きすぎるきよしくん。
私はこの天邪鬼という作品できよしくんに自身を投影して、じゅんやくんに「演劇」を投影してる。ような気がする。
だからきよしくんに対してと、きよしくんとじゅんやくんに対する絶妙な関係性に涙が止まらないし、なんとも言えない感情が洪水みたいにあふれ出ている。

しかし、乱痴気の葉丸きよしがめちゃくちゃ怖かった。
きらきらまぶしくて、にこにこ笑顔が素敵な葉丸ちゃんが大好きで。
だからそのきらきらまぶしい「葉丸あすか」の何かが、私としょうじきよしの間に物凄い溝を作っていた。
自身を投影するどころか、永島じゅんやとのとてつもない他人感。
本痴気でどこか依存度がたかかったじゅんやくんときよしくんの関係性が、乱痴気でばっさり断絶されていた。

永島きよしは広い広い世界のすみっこで、世の中を嘲笑う卑屈さと閉塞感があった。
自分に関係あるから嘘をつく。全部嘘、きっと嘘。現実なんて見えない。
葉丸きよしは広い広い世界の遠くを見つめて、物語の外からバカにしていた。
自分に関係ないから嘘をつく。全部嘘、多分嘘。まあどっちでも関係ないんだけど。

乱痴気で他人になってしまった葉丸きよしを観た後に、思わず追加した本痴気の永島きよしを観たらもうそれだけで涙が出た。
おかえりきよしくん。おかえり私の物語状態。
そしてここまで別の印象のきよしくんを作り上げた葉丸ちゃんは凄いなと本痴気を観て再度恐怖をかみ締めていた。
同じ役に対して、救いと恐怖のどっちもの印象を覚えるの、怖すぎる。

永島きよしに感じる、この引力と言うか、ものすごくひっぱられる何かは一体なんなんだろう。
叫ぶ事をやめてため息をつき「狼が出たぞ」とつぶやくように言う彼の言葉を、あと何回聞いても飽きたりないと思う。
彼の言葉が私を生かしてくれる、救いを与えてくれる。だから別にそれが嘘だって構わない。
それって結局、私と演劇(お芝居)の関係性みたいなものな気がする。
私にとっての救いなら、誰かにとっての嘘だって、関係ないんじゃないのかな。それが例え嘘でも私は涙を流し続ける。

ひより みずき

物語の中でじゅんやを人間として扱いながらも、ちゃんとした人間として扱っていなかった結果、イマジネーションの最初の犠牲になるみずき。
まゆ味さんがすっかりかわいくなってしまった。いや、元からお美しいんですが。そういう事ではなくて。
なんだろう、みずきがめちゃくちゃかわいくて、大人で、優しくてだからこそどうして彼女はかき組にいるんだろうと最初は思っていた。
けれど回数を重ねるごとに、みずきの「わかっているからこそ最後まで見届ける」みたいな、目をそらさない芯の強さのようなものを感じた。
彼女は「ひよりみずき」という名前で、さも自我がなく弱そうな印象を与えるけれど、でもとてつもない強さを感じている。
みずきちゃん、めちゃくちゃかわいくて抱きつきたいくらい好き。というより5歳児なのに私よりしっかりしてそうでその視野の広さと優しさと事なかれ感は見習いたかった。

中屋敷みずきは当たり前に出オチだった。
仕方がない。今をときめく中屋敷法仁がスカートとタイツをはいて舞台の上にいるのだ。仕方ない。
のだけれど、本当に屋敷さんが楽しそうで何よりだった。めちゃくちゃイキイキしていた。
屋敷さんはいつでも楽しそうなんだけれど、俳優としての屋敷さんが大爆発していて、ここ最近あまり見てなかった尖った側面を見た気がする。
あと中屋敷みずきのとっちらかりっぷり(良い意味)を見たら、七味みずきのまとめっぷりとおとなしさは偉大だったんだなと再実感した。
それこそ、中屋敷ひかるの時に抑えられていたすべての欲求が中屋敷みずきで大暴走してやりたい放題!と言う感じ。
中屋敷ひかるで何かが抑えられてたかというと、その辺りはちょっと自分で言っておいて自信がないぞ。
「ひよりみずきよ☆」の時のかわいさに一瞬誤魔化されそうになったけれど、この人31歳成人男性だった。

しっかしこの配役が面白すぎたので、まゆ味さんの推薦は大当たりだったと思う。
いや、本当にナイス推薦。「みずき役」ということもそうなんだけど「まゆ味さんがやっていた役」というのが面白いかった。

おま せなこ

とてつもなく直接的な単語を用いると、葉丸せなこはませているけど処女性が高かった。おんなのこ!って感じ。
一方玉置せなこは童貞100人切りとかをしていそうだった。肉食女子!という感じ。
何を言いたいかっていうと本当にそうだったんだから仕方がない。

葉丸ちゃんのせなこはとてもかわいい。それこそ「おませ」なんだけれど5歳児のかわいさがあった。
5歳児幼女ならではの言動とか行動とか、子憎たらしい感じ。葉丸ちゃんのかわいさとしっかりさがいっぱいつまっていた。
葉丸ちゃんの演技の起用さは本当に素敵で、すべてをかなぐりすてて演技に挑んでいるのに、きちんと女優なのが素敵。
みずきの回想シーンでの、葉丸ちゃんのモブ役はとても表情豊かで観ていて楽しい。

玉置くんのせなこは自由すぎてもう意味がわかんなくて全体的に笑い死んだ。
でも何が凄いって、玉置せなこは間違いなく「女優・玉置玲央」だったということで。
観てる内に段々女子に見えてくるし、髪の毛をかき上げるしぐさをするとロングヘアーが見える。(実際はめちゃくちゃ短髪。)
なんかもうとんでもないなと思った。イマジネーションって本当に大事。

後は本痴気で「ももたろう」を繰り返しつづけるじゅんやを演じていた玉置くんが、乱痴気でせなことして「毎日毎日ももたろう」というセリフを吐き捨てるのがゾクゾクした。
ここの役のスライドはとんでもないな~と思いながらぼんやりしてしまった。
乱痴気だけで見たらまったく何も感じないのだけれど、本痴気のことを頭によぎらすと玉置せなこのセリフが全部突き刺さって痛かった。

しりた いぞう

私はわたるくんを見ると笑う病気にかかってしまったかもしれない、というくらい、大村いぞうが面白い。
けれど観劇日全日もれなくいぞうのシーンは静かになっていて、その静けさがさらに私のツボに入って面白くなってしまう。
なんだろう、わたるくんめちゃくちゃ面白すぎてこわい。可能性の固まりでしかない。
興味本位の100%純粋な「しりたい」という前のめりな感じ、まさに子供の純粋さみたいな所が物凄く出ていた。わたるくんって5歳児だったけ?という錯覚を起こしそう。
ので逆にギャグですべると「この人大人だった」と現実に戻される。その瞬間の鈍い痛みが心地よいんだかなんなんだか。
本当に「クソバカ」の4文字が似合うような、どこかむかつく、いらっとするような大村いぞう。

一方まゆ味さんの少年キャラが大好きな私は、七味いぞうにめちゃくちゃな勢いで恋に落ちそうだった。
客席にいる5歳児の私が、七味いぞうを好きになるみたいなそういう感じ。
まゆ味さんの「少年声」が好きなので、七味いぞうでバリバリそれが聞けて嬉しかった。
七味いぞうはどこか「斜に構えてる」というか背伸びしている男の子、みたいな印象があって、だからこそアドリブパートで大混乱している時が逆に子供っぽくて素敵だった。
アフタートークで「七味さんは(アドリブパートは)バイト感覚でやってる」という話が出て。
なんというか台本にないセリフをやるの、本当に困ってるんだなあという位、いぞうの駄々すべりパートの時の困惑っぷりがかわいらしかった。
こ、これがギャップ萌えってやつか~?というような。でも次のシーンではまた少年に戻っているのだから、恐ろしい。

「祖母の遺産で食べるすき焼き」のくだり。
大村いぞうは大人たちが言ってる事をまんま繰り返して、背伸びをしていて本来のその言葉の恐ろしさを知らない純粋さを感じた。
七味いぞうはその言葉の意味を知ってなお、すき焼きを美味しく頂戴してます、というような無邪気な残酷さみたいなものを感じた。
この作品の中で1番つかみどころがないのだけれど、自由さと楽しさはあるのかな~みたいな。
この役をやるのは、振り返ったら負けな気がする。
七味いぞうは自分が傷ついた事に気がついてしまいそうだけれど、大村いぞうは大怪我してもそのままつっぱしってくれそうなので、そういう意味の不明な安心感がある。
けなしてるようだけれど物凄い褒めている。大村わたるの笑顔は乾いた笑いで冷え切った客席をも凌駕する…はず。

なな ひかる

今、世間が思う「中屋敷法仁が舞台をやったらこんな感じ」みたいな印象の役どころをぶつけてきたなという感じ。完璧に個人の見解だけれども。
2次元みのあるキャラクターというか、漫画っぽさがあるというか、とても「わかりやすい」役どころだったと思う。
はじめて柿を観た友人の何人かは「ななひかるが一番すき」と言っていて、何かそういう記号みたいのが沢山あった気がした。
久々に演技をしている中屋敷さんを観た。初日はやはり「ん?」と言う部分があったのだけれど、2日目以降右肩あがりでどんどんななひかるが愛おしくなってくる。
初日の幕があけて、座席に客が入って、そしてどんどん完成されていく中屋敷ひかる。
やっぱり中屋敷さんは定期的に俳優もやって欲しいな~という印象。というより柿の公演にはこれからも出て欲しい。
玉置じゅんやの無茶ぶりに翻弄される中屋敷ひかるのあのくだりは凄いなんか2人とも楽しそうで見ていてほんわかする。
あと中屋敷ひかるの「おめーとは遊んでやんねーよ」がめちゃくちゃ好きだ。困った。

問題の大村ひかるはあれは一体なんだったんだろう。今公演内最大の爆弾みたいな何かを観た。
柿メンバーも含め、あの場にいた全員が「まったく持って金持ちに見えない」と思っていたのではなかろうか。(柿メンバーはトークでそもそもその話をしていた。)
いぞうの時にわりと「ギャグがすべる」と嘆いていたのだが、ひかるになる事によってわたるくんのギャグが最高にぶっとんでてその辺りはこの配役いいなと思った。
けれどまったくお金持ちには見えなかったので、設定から変更しないとまずいかもしれない。
なんか「自分はお金持ちだと思って段ボールとかかじってそう」という感じだった。ひどい印象だ。



ひとまず、こんなところ。
今回、私がどうしてもきよしくんにフォーカスを当てて観てしまっているので役に対しての感想が凄いよってしまった。
言いたい事はまだまだあって、けれど東京公演は明日の90分間で終わりで、最後の90分間を観る前に一旦頭をリセットしたかった。
乱痴気を観た事によって、再度本痴気の面白さやこの「天邪鬼」という作品への愛が増したし、視野が広がった気がする。
まだまだ語りたい事や話足りない事はあって、その辺りはTwitterでぼろぼろ補足していければと思う。

行こうと思えば兵庫にも岐阜にもいけるのだけども、柿喰う客が好きだから、演劇が好きだからこそ、その期間は東京で別の作品を観たいな~という気持ちも強いので、私の「天邪鬼」は東京公演で終わる。
あとは本当の千秋楽を見たくないという気持ちがある。これは完璧に逃げなのだけれど。どこかでずっと「天邪鬼」の世界を続けていて欲しいから、かき組の皆に生きていて欲しいから、私は本当の最後を見届けない選択を取った。
咄嗟に来週増やしました!ということはない。ので本当にこれでおしまい。
終わりがあるから舞台は楽しくて、終わりがあるからの刹那感が好きで、だけど名残惜しくて。
まあ名残惜しくなくて、終わりが悲しくなくなってしまった惰性の観劇には何の意味もないと思うので、この「終わってしまう、いやだ」という感情すらも大事にしたい。

さあラスト1回、最後の90分。私は拍手を出来るのか。
どこまで彼らを信じられて、どこまで彼らを疑えるのか。
あーーー!演劇って楽しい。