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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】アナログスイッチ⑨「幸せを運ぶ男たち」

アナログスイッチ⑨「幸せを運ぶ男たち」

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@小劇場 楽園
2015年9月23日~27日

http://analogswitch.jimdo.com/

シルバーウィークボーナスステージ。なんかこの流れいつぞやもやったな。
下北沢と本多劇場グループが好きすぎて現実と向き合えなさそうだったので自分を甘やかす。
久々に楽園に行ったかも。キャパシティ51人はやはり居心地が良い。

舞台について

「アナログスイッチ」よいよ~みたいな話はふよふよと各所から聞いていたものの初観劇。
結構雑に劇団と公演について調べていったので、私の頭の中には「ワンシチュエーションコメディ」とか「笑いをテーマに」といったワードが目に付いていた。
あとは「置かれた状況は悲劇だが観客からは喜劇という、悲しみと笑いを交差させた演出が特徴。」という劇団の売り文句を見て、あっこれなんか先日聞いた奴や!となっていた。
つまるところ、思い切り笑いに行こうと思っていたのだった。

舞台のつくりはこんな感じ。
終演後に写真をとってよいですよ、舞台に上がってよいですよ、と言われたので遠慮なく撮影。
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劇場が楽園なので、客席は2方向に設置される。
狭くて汚いアパートの和室1室の中で繰り広げられるワンシチュエーションコメディ。
ペットボトルの中に入っている水は本物で、実在する洗顔料で顔を洗い、扇風機も電子レンジも換気扇も回る。
本物の電子レンジでチンされたばかりのコンビニパスタからは実際に湯気が出ていた。

そんな家に住んでいる、何をやっても上手くいかないという人の5倍ツイてない男・唐沢が主人公。
その家に住み着く「日本座敷わらし協会」から派遣された5人の座敷わらし達。
花の名前を宛がわれた5人の座敷わらしたちは、5人の力を持って人より5倍ツイてない唐沢を幸せにしようと今日も姿は見えずとも共に日々を送っている。
そしてそこに、唐沢が先日クビになったばかりの会社にいたかわいい後輩、松島が現れる事で話は進展する。
狭いアパートの1室の中で、ツイてない男と座敷わらしが見える女、そしてそこにオカルト大好き少女、その少女のストーカーが現われたかと思ったら、いつの間にかもう一人いるこいつは誰だ…!?

というようなざっくりストーリー。
ナメていた。アナログスイッチをナメていた。
なんていうか気がついたら涙がぼろぼろこぼれていて、最終的には結構本格的に泣いていた。
確かにこれはワンシチュエーションコメディで、とってもよく笑えたし、途中クスリともげらげらとも笑っていた。
けれどどこか人の温かみがあったりだとか、誰かの幸せを本気で願う事、幸せになってほしいと思う気持ち、そういうものがあの小さな劇場にぎゅっと詰まっていた。
きちんとストーリーがある作品なので、2日目の感想で思い切り本筋に触れるのはちょっとな~という事であっさりめの感想にするのだけれど、凄く温かみがあって、しっかり笑って、しっかり泣ける90分だった。
いやしかしでもこんなに泣かされるとは思っていなくて。いかんせん笑おうと思って身構えていったので、「泣く」という事に関しては気を抜いて劇場に向かっていた。なので完璧に無防備なところにやられた感じ。

舞台も2面舞台なので、どの席でも観ても観やすいし、どの席で観ても楽しいと思う。
本当に運と縁があってふら~っと行ったのだけれど、色んな人がこの劇団をおすすめしてる理由がわかった。
ので私もおすすめしてみようかなと思って帰宅してとっととブログを書いた。
そんでもってまた次回作にも足を運べたらいいな~と「観に行きたい劇団」リストにアナログスイッチが新しく追加した。

舞台を「おすすめする」ことについて

今回は「9月24日に下北沢で舞台を観ていたかった」というのもあるのだけれど、それこそ前日まで本多劇場で公演を行っていた、柿喰う客の玉置くんが数日前にツイッターで「アナログスイッチおすすめ!」と言っていたのがキッカケでチケットを取ったわけで。
私は基本的に自分が好きな劇団、役者、脚本家、演出家、制作、友人、SNSでつながったひと。
関係性はなんでもよいのだけれど、自分が好きな世界観を作ったりだとか、好きな言葉を紡いだりだとか、あとは好きなものを好きだ!と言ってくれる人の言葉をとても信用している。

なんでかっていうと、そういう人達はきちんと「面白い」「面白くない」だとか、「ここが良かった」「自分には合わなかった」ということをしっかり言ってくれる。
後は少なからず自分が好きだなと思う人の琴線に触れるという事は、私にとって作風が合わなかったとしても、一定のクオリティだとか芝居に対する熱量は存在してる。
だから「あーちょっと合わなかったな~」と思うことはあっても「何これダメだ超絶ハズレやばい」になることはない。

先日ちょこっとツイートしていたのだけれど、わりと日本の芸能界は「つまらなかった舞台をつまらないというのはタブー」みたいなところがある。と思う。
まあそりゃあつまらなかった!ってボロクソ言うのはどうなんだと思うんだけれど、明らかに「これ面白くなかったよな」と解る感想を関係者があげていると悲しくなる。
更にそこに「何日までやってるからお勧めですよ!」とか書き出しちゃうと本当に辛い。
もうなんかそのテンプレートみたいな感想が、まず、めちゃくちゃ面白くない。興味をそそられない。
例えばそれが、100人が観て99人が面白くなかったと判断しても、その言葉を発してる人間が面白いと思ってその感想を綴っているなら何の問題も無い。だって面白そうに聞こえるもん。
けれど「明らかに嘘をついている」のが、辛いのだ。

面白くないと判断したなら、例えば行くキッカケになった人のことについて何か触れるだとか、琴線に触れた役者の事を書くだとか、最終的には観に行かなかった事にすればいいのに。
なんでわざわざ「この舞台面白くておすすめ!」って書いちゃうのかが理解できない。それは明らかに嘘ではないか。
それをやられると、瞬間にその人の発する言葉が嘘になって、その人の言葉も、作るものも信じられなくなってしまう。薄っぺらさを感じてしまうというか。
色々大変なのはわかるんだけれど、せめて舞台を作ってる側の人間ならば、そこは信念をもってくれ頼む、とどうしても思ってしまう。
自分が凄く信用している役者さんと偶然客席で一緒になった時に「あっこの舞台ハズレだった」と思ったら、その人はその舞台について一言も触れていなかった。行った事すらも発していなかった。
その人にとってのその舞台の評価なんだろうなと思うと同時に、それはスマートでいいなあという事で見習う事にしている。

私は基本的にダイレクトマーケティングをしまくるタイプで、自分がおすすめなものは出来たら「おすすめだよ!」と大きい声を出したいタイプなのだけれど。
(この辺りもゴリ押ししすぎるとダメなのはわかってるので、あくまでも勝手に一人で楽しくやっている事が多い。)
でも自分が面白くないと思ったものに関しては、どんなに「宣伝してください!」と言われても一言もそれを言えない。
だから「面白かった」と言ってる舞台は、私は本当に面白いと思ってるし、「ここがよかった」と言ってる舞台は本当にそこがよかったと思っている。
ブログに「辛口ですよ」とか「合わなかったとこはあるけど」という前置きをした上で色々言うものの場合は、そういいながらも少なからず何か1つは良かったと思える箇所がある。
基本的には「自分が合わなかったな」と思うものに関しては何が合わなかったか考えて記録するようにしているし、逆にその水準にすら満たなかったものに関しては「観なかった事」にしている。
別に上から目線で高尚な評論をしたいわけではないし、誰かが一生懸命作っている作品をボロクソに言うことになんの価値もないと思う。
ただ、自分の言葉と感動と感想に嘘はつきたくない。そこは大事にしたい。
なにより何かの理由で私が、面白くなかったと思ったものを「面白い」と言ってしまうと、私が本当に心から「面白い」と思ったその感情にまでケチがついてしまいそうで、それがいやなのだ。

というなんか大分話がそれたのだけれど、そういう気持ちを持って今日もブログを書いているよという事だった。
結構最近「これおすすめ!」と言ってばかりなので若干信憑性に欠けてきてる気がしたのだけれど、なんていうかまあ自分が自分でダメだと思うものをよけているからそうなのであった。
ここ半年の満足度は尋常じゃないかもしれない。そんな感じで今日も満足して帰路についたのだった。