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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】空想組曲vol.12「小さなお茶会。」

舞台

空想組曲vol.12「小さなお茶会。」

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@CBGKシブゲキ‼︎
2015年12月5日~13日

http://www.k-kumikyoku.com/

脳みそがハッピーすぎてでろでろになってしまいよくないので(よくないことはない)後頭部を殴打してもらおうとほさか作品。
久々のシブゲキはやはりトイレが流れにくいので外で入ってくるべきだなと思った。
私の中でほさか演出といえば「舞台上が暗転したら気を付けろ!後ろからくるぞ!」というイメージがついていて(その演出に当たる率が高い)、今日も暗転した瞬間思わず身構えた、本作は2回。

感想つらつら

途中までほわほわハッピーの方向性で作品が進んでいたので、ほさかさんの人格か性癖が変わってしまったのかと思い、かつ観ている自分も辛いので思わず帰ろうかと思ったのだが(これは比喩であり私はよっっっっっぽどの事がない限り中座しない)、途中からエンジンがかかってくれたため、ひきつっていた口許がにやけていた。
だって日曜の夜にハッピーエンドをみても仕方がないじゃないか!という個人的なこだわり。
しかもよく見たら当パンにもHPにもそういう風にあらすじ書いてあって、相変わらず自分は事前チェックが適当で勢いだけで芝居を観に行くなと思った。
(本当にノーチェックの時はキャストに誰がいるかすら解ってなくて「なんか面白そうだから」という理由で観劇にいく。)

喫茶店を主軸に繰り広げられる、時間軸と場所と感情がいったりきたりする本作。
今年の5月に「恋するアンチヒーロー」という作品を観たのだけれど、その時も主演が桑野くんで「カフェ定員に恋をするうだつのあがらない勇気のでない青年」という役どころをみていて、まるっきりまんまデジャヴでちょっとどうしようかと思ってしまった。
そんな事もあり最初30分くらいは私もエンジンがかからず、物語の茅野の外の更にもう一段階外にほっぽられていたイメージだった。
これはほさかさんのキャスティング及び脚本時点で被ってしまったのがアレなのか、桑野くんの技量がアレなのかはちょっと私にははかりかねるので後で桑野くん好きな人の感想とかを探しにいきたい。
ちなみに新国立劇場中ホールの桑野くんよりかは、シブゲキの桑野くんの方が私は好きだった。


かわいらしいセットがレコードのように回りはじめると、同時に心臓がぎたぎたというか、ちくちく針で刺されていく。
にぶく、ゆっくり、じっくり、一本ずつ針をさされてじわじわと血が流れていく、そんなイメージ。
こんなにハッピーなだけのありふれた物語を、こんなにいびつでかわいそうな人たちの物語に出来るほさかさんの歪みっぷりはたまらないなあと思った(称賛している)。
しっかしそれにしてもこんなに目線と前後の言葉を変えると、1つの幸せな言葉の意味合いがまるっきり変わるのかと思ったら、とっても意地悪でとっても現実的で、とっても苦しい作品だった。

役のイメージも真逆になっていくため、本来私が「ゲッ、この女嫌い!!!」と思うタイプの代表のようなりさこは、とっても「普通の女子」の代表のような女の子で、話が進むにつれてどんどんこの世界の存在としては影が薄くなり、最終的に一番かわいそうに見えたのがなんともほさかマジック。
前半のりさこのむかつきっぷりはたまらなく腹が立った。でも世の中にこういう女子は沢山いる……。

一ヶ所「誘拐犯が腐女子だったらどうするの!」といいながら、明らかに腐女子ではなくただの少年好きの女の図が出てきたのは解釈違いでイエローカードという感じだった。
でも「世の中のおばさまが思い描く”フジョシ”というなんか最近よく聞く単語」という意味合いまで含んで使ってるならイエローカード取り下げという感じ。
そこだけひっかかったけど、あとは軒並み町田くんの役のクソヤロウっぷりと樹里ちゃんの役のどうしようもなく「わかる」っぷりに震えながら、桑野くんが演じる敦史くんもりさこと同じく微妙にこの世界には入れない人だなあとかぼんやり思ってしまった。


皆苦労して生きてるし、皆変な愛を持ってる。
先日の城山羊に引き続き、やっぱり「誰かを愛することはとっても自分勝手な究極の自己愛」なのかなあとぼやぼや。こういう時ってなんで記号が近い作品を連チャンで観るのか不思議。
自然と体が求めて選んでるのか、それともそういう方向のアンテナが過敏になってるのか。
ちなみに私も「幸せになると不安になる」タイプの人間なので、日曜の夜にあえてほさか作品を観に行ったわけで。
つまるところヒロイン園美をみていてつらかった。とはいえ私は自己中心的なのでDVされたりとか貢いでしまったりとかはないのだけど「何かしないと私は幸せになれないのでは」みたいな所はあるので、わかりすぎて胃が痛い。

ほさかさんの書く男子はどうにもセンシティブでナイーブかつちょっと女々しい人が多い気がする。
何がいいたいかというととても私の好みの男性ばかりでありがとうございます、というところ。
現実における最近の若者男子ってどれくらいがこういう系統の子なんだろう、ちょっと「最近の若者男子(一般)」と触れ合う機会が微塵もないからわからないんで誰か教えて欲しい。
通常「好きって言われないから自分のことを好きではないのかも」とか「結婚したら愛してるといわれなくなった」とか言う言葉って女性が使う印象が多いのだけれど、この作品ではもれなく男性が使っていてよろしかった。
作中で繰り返し使われる「コーヒーカップをひっくり返す動作」。この描写、もうなんて!なんてずるいの!!と思ってしまった。凄く好きだ。
そう、そうなんだよね。好きだから傍にいるんだよ。嫌いだったら最初から一緒にいないし、一緒に笑ってないし、あんまり得意じゃないコーヒーだってカップをひっくり返せるほど飲み干したりしないんだよ。どうかそれにわかってよ!という歯がゆいもだもだと、「いやーーーでも言葉にされないとわからないときあるよね~~~」みたいな気持ちが行き来して、結局どっちなんだ状態。
でも作中作のその映画を観たくなった。スピンオフでやってくれてもいいレベル。
「頑張ってたんだから見逃さないでよ。」が、とっても好きなセリフだった。聞いてて胸がぐっと苦しくなる。


それからキャストがそれぞれ全然色合いが違う客演をそろえていて、本当に皆違うカラーを持っていてよかった。
特にジャスミン役が強く印象に残っていて、終演後にどこの誰だ~?と思ったらサモ・アリナンズの家納さんだった。
なるほどサモアリ、そりゃー好きだ!みたいになり、かつこの客演の人の名前の後ろに(劇団名)がつくシステム本当に好きだなと思った(ちなみにこの話は後に続く)。
場面転換に使われる楽曲もお洒落で、とっても喫茶店ちっく。最後に流れている曲も素敵だったな~。その辺りもこだわっていて、ずるいずるい~という感じ。
上演時間2時間、最初はスロースタートからガンガン攻めてきてじっくりたっぷり味わえてよかった。


ほさかワールドは最後に希望をちらつかせるところがずるくて好きだ。
なんだろう、終わる時に「このあと希望が見えてくる【かも】しれない」ラストというか。
いいようにとればそこからハッピーエンドになるかもしれないんだけれど、別に確約はしてくれていない。
とはいえ別に不穏な空気を残したり凄く辛く終わるというよりかは「残りはご想像にお任せします」というこの感じ、100人100通りの答えが出せるのが素晴らしい。
あの後敬太は何を注文したのか、敦史は誰と幸せになるのか、ジャスミンは病院に戻ってどうなったのか、麻子は真実を伝えるのか、みどりは勇気を出せるのか、あきらは誰の元にいくのか。全部全部、私たちが好きに考えていい余白で、どこにも正解はない。
そういう余白がたっぷりもらえるの、とっても嬉しいな~と思って色んな可能性を考えながら帰り道をふらふらしていた。

現実に戻る前に殴られた重さとしては丁度良かった。寒くて死ぬかと思ったけど出かけてよかった、よい日曜だった。

劇団プレステージと今井くんについて


劇団プレステージの前回本公演がほさか演出だったのと、今回客演でリーダー今井くんが出演していたので、ちょっとここからどこから目線なのかよくわからない話。
舞台全体の感想からは大幅にそれるのだけど、まあ気持ちのメモ書き程度。

今井くんは、声のバランスが凄い良くなったなあと感じた。
彼は元から声がよく通るタイプなのだけれど、私的には「大きい声が出せる」のと「そのシーンに適した大きさの声を出す」のはまったくの別物で。
劇団が旗揚げしてから暫く、今井くんは「声を大きく出す」方に意識が行ってしまっていて勿体無いなあ~という気持ちで、わりと普通にアンケートにゴリゴリ書いていた。
後は俯瞰の視線があるからか、お客さんの目線で物を見ようとするというか、お客さんが笑うところで笑いを取りに行くのが過剰になったり、それこそ声が大きくなる事が多々ある。
狙われた笑いは本人の影をちらつかせて、偽物の世界の舞台の上では途端にくだらなく見える。それが辛い時が結構あった。
後は、彼がかかげて発言する演劇論はわりと私好みの方向のはずなのに、何故かやってることは大衆受けする方や客席を意識したりという方に向かっていて、そこにイライラ?モヤモヤ?していた時期もあったのだけど、それもまあいわゆるひとつの同族嫌悪というかなんと言うか。
結局真面目で周りの視線をみてしまうタイプなんだろうなあ~というような事を最近は勝手に思っている。いや、そんな予想の中の今井くんの話はどうでもいいんだ。

とりあえずそんなこんなで色々思う時期もあった今井くんだが、今回は「シーンや他の役者とのバランスに適した声量」を操っていたのと、出ずっぱりの役ではなかったのでよいスパイスとしてきいていた。
何より今回彼は「めちゃくちゃな姉に振り回される弟」という、それこそ客演でないと出来ないポジションだったので個人的にはナイス配役。
これは今井くん自身の技量もそうだし、ほさかさんの配役も大変とてもよかった、そうそうこういうのが観たかったの!という感じなのでとても嬉しい。
あとはさっきの「ひっかかる点」についても、ほさかワールドの中では現実に引き戻す前の出方は出来ない。
アミューズの近くにいるとある程度自由に動けてしまうからこそ、彼はもっとアミューズの手から離れた外部演劇に出た方が味が出て伸びしろがあるんじゃ……と思っていたのでちょうどよい役どころが観られたかな~と満足。
そしてマイナンバー届くの遅くない?(楽挨拶で3日前に届いたといっていた。)

劇団プレステージは劇団プレステージ内でのキャラや記号が定まりすぎていて「内輪の面白さ」に寄っ掛かることがよくあって、それはまあ仲良くなってよかったねと思うと同時に、自分の役どころの可能性を潰してしまう勿体なさを日々感じている。
劇団プレステージをまったく知らない人が沢山観にくる舞台に、端役でもなんでもいいから客演で出て、自分の可能性と一般のお客さんの目線をもっと知って欲しいなーと改めて。
そして劇団プレステージの中でのキャラや記号が、世の中的にも周知されていったらきっと一番良い事なんだろうな。

上述の「クレジットの名前の後ろに劇団名が入る」ことについても、そう。
私は何かの舞台を観に行って好きな役柄の人がいたら「へ~この人この劇団の人なんだ、今度ここの劇団の舞台を観に行こう」という参考にしている。
劇団プレステージの場合、それってどれくらい出来てるのだろう?とふと考えてしまった。
アミューズ全般の「もしかしてそうかも」の考えとして、所属の子が客演で舞台に出たときに「アミューズのファンがチケットを沢山買って外部舞台を観に行く(そして次につながる)」という方のアプローチは物凄く上手いと思ってる。
けれど逆に「外部の主催のファン、他のキャストのファンがその舞台を観て本公演を観に来る率」ってどれくらいなんだろうとちょっと思った。
今回だとすると、劇団プレステージを好きな人が空想組曲の作品に触れる方向はわりと上手くいってると思うんだけれど、逆にほさかさんの作品が好きな人、桑野くんや町田くんのファンが「へ~あのアフロの人劇団プレステージってとこの人なんだ、次の公演観に行ってみよう!」ってどれくらいなるのかなみたいな。
これは今回の今井くんに限らず、他のすべての子達に言えることで。

そしてそこから続く話として「そこで来た人が劇団プレステージの作風に満足するのか」みたいなところ。
例えば家納さん良かったからサモアリの舞台を観に行った!ら、それはサモアリの世界が広がってると思う。
樹里ちゃんが素敵だな~と思ってキャラメルボックスを観に行ったら、あの感じのキャラメルボックスの世界が広がってると思う。
そんな風に「劇団員」は、やっぱり劇団の色を持っている。
けれど劇団プレステージは存在そのものが「個性がばらばら集団」な上に、作品によって脚本と演出が変わるため、客演で誰か1人を観た誰かが「へ~この空気を感じてみたいな」と思って本公演に足を運んだとして、その時にその人が感じた魅力を観る事が出来るのだろうか(配役も初日あけるまでわからないし)。
良いか悪いかはさておきとして、やっぱりそういう所が普通の劇団とはちょっと違う所だし、色々難しいな~と改めて思ったりなんだり。


とかいう何でそんなことまで考え出してしまったのかよく解らないことまで考えてしまった。今週はなんかよくしゃべる週だった。
コーヒーカップをひっくり返す姿、おしゃれだったから真似したいけれど、多分私がやったら叩き割るからやめておこうと思う。