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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】オーファンズ

【※】ネタバレ 舞台

オーファンズ

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@東京芸術劇場 シアターウエスト
2016年2月10日~2月21日

http://orphans.westage.jp/

告知が出た時からアンテナを張っていたもののチケットを取っておらず、そこに初日があけて良い評判が目に入ってきたものの「睡眠・食事・労働のどれかを削らないと…」と言っていたところ、さらにプッシュの言葉が来たので人間としての尊厳をかなぐりすててその場でチケット購入。
財布の中には幕間でかじるカロリーメイトを買った際のつり銭しか入ってなかったためパンフレットを買いそびれた。後日誰かに読ませてもらいたい(ひどい感想だ)。

感想ぱらぱら

シアターウエストで6800円ってあんまり見ない価格かも、と思ったら休憩込みの2時間15分でこれまたびっくり。
1幕の50分間があっという間に過ぎ去っていって「えっもう休憩なの!?」という感じ。これ休憩いらなかったんじゃないのかな~と思ったのだけれど、セットの転換とか空気をリセットするための、物凄く有益な…というか必要ある演出上の休憩、というイメージだった。個人的に。
宮田慶子さんの演出を見るたびに「暗転が~暗転が~」と騒いでいるのだけれど、本当になんだろう、宮田さんの暗転を使っての時間の経過を伝えるマジックみたいのがとてつもなく好き。
「舞台上に誰もいない」とか「舞台上が完全暗転してる」とかそういうもの自体が、場繋ぎではなく必要なピースとして使用されているこの感じと、そういった緩急を挟んだ演出感が好きなのかもしれない。
あとセットがとっても可愛かった。部屋の内装が好き。

公式HPにもあらすじの記載はあるけれど、ざっと書くと。アメリカのフィラデルフィアの小さく狭い閉ざされた部屋の中で暮らす二人の兄弟。頭はキレるが癇癪を起こしやすい兄のトリート(柳下大)は盗みを働いて生計を立て、冒険心はあるがどこか落ち着きのない弟のフィリップ(平埜生成)は彼により家の中に閉じ込められていた。
歪ながらにバランスを保ちながら閉じこもっていた二人だけの世界に、ある日ハロルド(高橋和也)という男が現れる。
バーで偶然知り合い、泥酔したハロルドを連れ帰ってきたトリートは、ハロルドの身に着けているものや所持品から「こいつを誘拐しよう」と監禁を企てるが、一晩明けて何故かそこから立場が逆転。ハロルドが二人の親代わりとなり「擬似家族」がスタートする事になる。
ハロルドのボディーガードになるために一生懸命自分を変えようと焦りながら、少しずつ人とのつながりを知るトリート。一方でハロルドに様々な世界のことを教えてもらい沢山教養を身につけるフィリップ。
擬似家族が仲良くなればなり、二人の教養や知識が増え、世界が広がっていけば行くほど、バランスが取れていたはずの二人の関係はどんどんと歯車が狂っていき……。
とかそんなところだろうか。

1幕がハロルドを誘拐してから擬似家族をスタートさせるまで、2幕は舞台のセットががらっと切り替わって新しい世界がスタートしてから。
1幕2幕のバランスもよかったし、上述したけれどここの見せ方がよくてとってもお気に入り。という感じ。ただ幕間にあんまり雑音を入れたくない舞台だったのでどう過ごすのが賢かったのかがよくわからなかった。

観ていて真っ先に思ったのが「つらい」だった。いや、つらいって思わなかったのかもしれない。
きっと観てつらくなる舞台だというのを解っていて、それを望んで観劇にいったのだけれど、最初
…というか2幕の途中くらいまではまったくつらいと感じなかった。
個人的な話だけれど多分いま自分の感情のどこかが欠如してしまっていて、この作品を観てもうまく泣くことができなかった。
私はどちらかというとトリートに感情移入していたのだけれど、でも、それでも2幕の途中まで「歯車が狂っている」という事に気が付かずに、どこか他人事で舞台を見つめ続けていた。
突然現れたハロルドが、気がついたら自然と二人の中にいるのが当たり前になっていたかのように、「おかしい」という事に気がつかないまま時間が経過していた。
おかしいな、と思ったのはフィリップがハロルドから与えられた黄色いローファーに夢中になり、トリートが土産で買ってきたマヨネーズに見向きもしなかったシーン。そしてそこからの「もう飽きちゃった」という純粋無垢な一言。
その一言で、それまで自分が他人事で観てきた世界の中での疲労というか、気が付かないふりをしていた恐怖だとか、そういうものが全部ぜんぶ急にのしかかってきた気がして、途端にゾッとして、その後は「なんでなの」「つらい」というような事を考えながら物語を見つめていた。
そこからは、何故か私はトリートと一緒になりハロルドに対して少し苛立ちを覚えたり、フィリップがどこか遠くに行ってしまうのではないかという焦りを感じたりしていた。

そんなこんなでいろんな事を考える、というよりもただただ「傍観者」になりたくて、なるべく感情を殺しながら舞台に集中していた。
最後の三人のくだりで、トリートがハロルドの手を「はじめて握った」といったとき、泣き崩れるトリートをフィリップが黙って後ろから抱きしめたとき、全部、ぜんぶの感情がはじけとびそうになった。心臓が引き裂かれるくらい辛くて、どうしてこの擬似家族はこんなに不器用なんだろう、どうして幸せになれないんだろう、でも彼らは幸せだったのかな、わからない。なんで。つらい。そんな事をぐるぐるぐるぐる考えていたら、現実世界へと引き戻された。
それでもやっぱり涙が流れなかった。涙が流れない方が個人的にはしんどくて、いっそおもいっきりわんわん泣けたらよかったのになあとしか思えない。
他人事のふりをしながら舞台を見つめていたけれど、何かすごい刺さるものがあって、でも今自分でそれを言及する体力がないからこうやってオブラートに包んだ感想しかかけないんだろうなと思うので、もうちょっと時間をおいてからうまく向き合えるといいなあと思う。

に、しても。観てよかった。
私は兄弟も姉妹もいない生粋の一人っ子として育ってきたので、自分の家族への…という部分での同調はなかったのだけれど、なんだろうなあ。トリートのあの捻じ曲がった愛と言うか、本当はまっすぐに伝えたいのだけれど、それもできなくて、ただひたすらに臆病で、怖がりで、自分の傍にいて欲しいから言葉と力でねじふせて、大事なものをカゴの中へと幽閉する。
そして「自分がいないと生きていけないんだろう?」というマインドコントロールをした上で、自分はいなくてはならない存在なんだ!という自己肯定をする。
DVされる側の人の感情なんだけど、殴ってるのも殴られてるのも自分、みたいな。
フィリップに対して酷い言葉を吐きつけるとき、乱暴をする時、そしてそれでフィリップが怖がった顔をする時、きっと誰より一番傷ついてるのはトリートで、でもそれを止められなくて、そうする事でしか生きていけなくて…という彼を見つめていたら、苦しくてたまらなかった。
なんだろう「愛してるよ」「大好きだよ」「ずっと一緒にいてね」って言葉に出す事って実はとっても力がいることで、それを出来ずに、けれど一緒にいて欲しいからと無理やりねじふせるそのさまは、実はとっても思い愛なんだろうなあ。
最後に、そんな不器用なトリートを抱きしめてくれるフィリップはなんて強くて、やさしくて、そして素晴らしい弟なんだろうと。素敵な兄弟なんだろうと思った。

アフタートークで柳下くんが「日に日にお客さんも増えて、当日券の列が伸びて、今日は補助席も出てる」というような事を言っていた。
私も完璧に口コミで観に行こうと決めたタチなのだけれど、最初から満席の舞台よりも、あとからじわじわチケットが無くなっていく舞台の方が多分怖い。
今このタイミングで、こんなチンケな感想しか残せないのが悔しいのだけれど、この舞台を観た事でいろいろ考えたいことも増えたので、観劇して正解だった。
ブイヤベースが食べたい。

キャストについて

柳下大
柳下くんって最後に観たのいつなんだろう。私は本当にナベプロやD方面のアンテナが張れていないのでその辺りちょっと思い返したい。ヘタするとテニスの頃で記憶が止まっている。
柳下くんって、こんなに力強く怖かったっけ、と思った。
あまりにも不器用すぎる、暴力を振るうことでしかフィリップを縛り付けておけないトリートのさまがとてつもなくしっくりきすぎて、怖かった。でも、わかる。わかるから怖かった。
アフタートークで柳下くん本人が「弟がいるからなんとなくトリートの気持ちがわかる、意味不明に殴ったりとかしてた」と言っていて、ああなんか男兄弟あるあるなのかなあとか思ってしまったり。
上述の通りに、最期を迎えたハロルドに向かうトリートのさまがたまらなく惨めで、たまらなく残酷で、たまらなく人間みにあふれていて、こんなに強い言葉を使っているのにこんなに弱い人間がいていいのだろうか、と心臓を鷲掴みにされたような表情と声色で圧倒させられてしまった。次の「お気に召すまま」チェックするつもりでいよう~。

平埜生成
23歳後初の生成くん。公演中に誕生日を迎えるってなんか重みがあるなあとちょっと思ってしまった。
劇団プレステージの会員サイト「P!」というものがあって、そこで誕生日の劇団員は長々とした100問100答を行うコーナーがあるのだけれど、生成くんの回答がマジで面白くなかった、のが面白かった。
Twitterで「すっかり下北沢に埋めておきたい男になった」と言っていたのだけれど、本当にその通りで。
あくまでも適当な予想でしかないのだけれど、彼の中の繊細だとか弱い部分を隠すために、今までいくつか上に被せておくフィルターが必要で、それが「かわいい」だとか「弟キャラ」だとかそういったものだったんじゃないのかな、と少し思った。それは決してキャラを作っているとか媚びているという訳ではなくて、それもまた彼の一面というかなんというか、今の彼の発言だとか人格はそもそも地盤に存在してたんだと思う。
それがここ近年色んな客演に出るようになって、彼自身に自分なりの自信がついた事によって、上に被せておくフィルターの厚さが変わったというか、必要ではない場面も増えたというか。それでシンプルな言葉選びが増えてるんじゃないのかなあ~とか思ってしまった。
それこそ彼がワッと有名になったのはテニミュなので、やっぱりテニミュからだとかあの当時の彼のキャラからすると、今の彼とのギャップがすごいのかな?とも思うのだけど、本質的なものは多分あんまり変わってないと私は思う。
本当に芝居が好きなんだな、というのが伝わって、それを魅せる力量がついてきていて、たくさんのお仕事をしている以上、別にとやかくいう必要は全く無いし、これからも頑張っていってほしいなあ~という本当になんだこの感想。

それこそ今回は弟役で出てきたので、久々にかわいらしい演技というか、弱々しい生成くんを観た気がする。けれど、その弱々しさとか純粋さとかの奥に、間違いなく今まででは存在していなかった何かしらが存在していて、芯が強くある上でそういった役どころを演じているから「か弱さ」というよりかは「狂気」を感じられてとってもよかった。
あと宮田演出のテンポ感にすごい合ってると思う、またなんか出ないかな~。

高橋和也
すっごく陳腐な感想なのだけれど、やっぱり上手かった。なんだろう、柳下くんとか生成くんがすごいな~と思わされてる中で、高橋さんが登場した途端に「あっ、彼らはまだ若手なんだ」と改めて思わされてしまう、そんな技量だった。
彼が出てくると舞台の上の空気感ががらっとかわっていって、冒頭なんて明らかに笑いながら話しているのに、まるで喉元にナイフを突きつけられているような、そんな恐怖さえ感じてしまった。
今まで踏んできた場数が違うというか、くぐり抜けてきた修羅の数が違うというか、説明がしづらいんだけど圧倒的な貫禄と存在感で、物語と兄弟の心を引っ掻き回し、そして気が付くと私達の頭のなかにするりと入り込んでくるような、そんな不思議な演技だった。
やっぱり大人が一人いると空気がガラッと変わるからスパイスとして大事だよなあ~とか思ったりなんだり。


この日は演出の宮田慶子さん、トリート役の柳下大くん、ゲストでD-BOYSから三津谷亮くんの3人で10分くらいのアフタートークがあったのだけれど、感想を語り出すや否や、ぼろっぼろに大号泣する三津谷くん。私の分も泣いてくれてた。多分客席にいた誰よりも泣いていたと思う。
三津谷くんの感想としては多分客席の大半と近いようなもので「なんて不器用な愛なんだ」とか「最後のトリートが手をにぎるシーンがつらくて」というようなことを言いながら、再びボロボロに泣いていた。
宮田さんが「みっちゃんは感受性が豊かだからなあ」とけらけら笑っていて、今日きっと三津谷くんが泣くんだろうなと思っていた宮田さんも柳下くんも笑いながらトークを続けていた。
話の内容としては、そんな三津谷くんの感想と、本番1時間前に楽屋に挨拶にいったらすでに柳下くんが役に入りきってしまっていて「おはようござ……いまーーす」と、思わずドアをあけてすっと閉めた~というような話だとか、後は柳下くんは弟がいるからトリートの気持ちがとてもよくわかった、逆に生成くんは弟がいるんだけど弟の方が強い兄弟だから新鮮だ~と言っていたよ~とか。
あとは今回のこの舞台は柳下くんから「宮田さんの演出でやりたい」というオファーをかけて、先に三津谷くんとのアフタートークの日程を決めたあとにこの作品が決まった、というようなことを言っていて、ちょっとそれが興味深かった。そうか、そういう舞台の作り方もあるんだな~という。


最近「若手俳優ってなんだろうなあ」みたいな事をよく考えるのだけれど、間違いなくこの舞台は文字通りに若手の俳優が頑張ってる舞台だったし、こういう作品をもっともっと観られる機会が増えたらよいな~と思う。
なんだろう、やっぱり大人数のキラキラした舞台も楽しいけれど、少人数の重苦しい舞台も居心地がよくて堪らないなあ、という感想。
それにしても私はいつになったら池袋駅から直結で芸術劇場にいけるようになるんだろうか。かれこれ何年も失敗し続けている。