夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】もしも、シ ~とある日の反射~

もしも、シ ~とある日の反射~

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@吉祥寺シアター
2016年3月6日~20日

http://legiter-9.info/works/%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%82%E3%80%81%E3%82%B7-%EF%BD%9E%E3%81%A8%E3%81%82%E3%82%8B%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%8F%8D%E5%B0%84%EF%BD%9E/


久々の吉祥寺シアター、はじめてのリジッター企画。
Wキャストなので柿喰う客の永島敬三さんとゲキバカの鈴木ハルニさんがいる月組のチケットをぽちっと。
早割りで2500円だったのに特典で稽古場のDVDまで貰ってしまって、色々物価に混乱した。そういえば演劇は安かった。

感想ぱらぱら

はじめましての劇団の舞台を観に行く時は、あまり下調べをしないでわりと勝手にイメージを膨らませて、当日劇場でそのギャップと答え合わせをしたりして楽しんでる。
今回の場合は、フライヤーとかあらすじとかから、全体的にわかりやすいセットで、起承転結がはっきりしてて、ハートフル系のヒューマンドラマかな~と思っていたら、わりと真逆だった。
抽象的かつ場所も時間も越えられるセット、いろんな意味に取れる言葉の数々、スタイリッシュでテンポよく進んだり戻ったりする物語。
ぐっと苦しくなる部分が沢山あって、色んな言葉が突き刺さって、でも最後にはほっこり笑って終われるこの感じ。
あらすじを書くタイプではないかなと思うので割愛。

この言葉を用いると薄っぺらくなってしまうようで嫌なのだけれど、本当にひとことでいうと1月17日にあった震災の話だった。でも震災の話がひとことも出てこなかった。そういう舞台だった。
3月10日に観劇をしたのだけれど、3月11日の前日に、1月17日の話を観るのは中々えぐられるものがあるなと思った。
とはいえ私はどちらも当事者ではなくて、ただそれでもどうしようもない恐怖心に煽られる、なんともいえない空気感に襲われてしまった。
この舞台は5年前の作品の再演だそうなので、物語の中では「15年前の1月17日」という風に記憶が呼び起こされている。
最初「あれ?」と思いながらも、観ているうちにその疑問が確信へと移り変わっていく。もしかしてこのパーツはこういうことか、こっちはこうか、ということはこっちはこれで…というようなイメージ。
結局最後まで「なんの話ですよ」とはひとっことも言わなかったんだけどなんの話かがものすごく明確にわかる作りになってるのが、とても緻密に計算されて、賢い人が書いた台本なのかなあと思わされる。
でもそれが「におわせ」とか、いわゆる下北系演劇の「概念的な抽象表現」ともまた違う(それらももちろん好き)、なんだか新しいタイプの舞台を観た気がした。こういう作りもあるのかあ、面白いなあという感じ。

今と過去と未来の時間軸が行き来するのでちょっと頭がこんがらがりがちになるのだけれど、でも凄く現代的というか、何よりセリフの言葉選びが凄く耳障りがよかった。
台本買ってくればよかったなあと相変わらず財布の中にお金を入れていないわたしは後から後悔をしてしまった。文字で読んだらまた違うだろうなあ。
柿喰う客の舞台のあの独特なテンポ感とはまたちがう、リジッター企画のテンポでのゆるやかな言葉遊びとテンポ、世界が変わると名前があべこべになるあの感じ。なんだろう、それこそ無邪気な少女がけらけら笑いながら遊んでる、みたいな印象を受けた。
しりとりをしているシーンがとても好きで、でも何が好きだったのかはよくわからなかった。言葉のセレクトかなあ。

あとは出てくる役どころに、この世のものではない人とか、ちょっとファンタジー要素が強い人とか、あとはそれこそ概念的な存在も出てくるのだけれど、妙に現実的だった。
なんだろう、私にとってこういった類のテーマの作品で最後にハッピーエンドが来てしまう方がよっぽどファンタジーだと思っている。全員死なない世界なんてないし、全員がまっとうにまっすぐ幸せになる世界なんてない。でも逆に誰かが死ぬから泣かなきゃいけないっていう世界の作り方も、それこそ作中で述べられていた様に「雑」だと思う。あんまり綺麗な話が好きじゃないんだろうなという。
誰かが死んでる作品を見たあとに「面白かった」っていうの何かちがくないですか、っていうくだり、もっともだと思った。
現代の若者(自分もだけど)が、「皆が感動するストーリー」を観て共感するために面白かった面白かったっていうの、私はあんまり好きではないので、そこのくだりが結構しっかり頭の中に残っている。
2016年を生きる私が、1秒でも過去にあったことに対してやるべき事はお涙頂戴の感動ストーリーを見て可哀想だとすすり泣いてかわいそうだと言うことではなくて、それを踏まえた「今」を私がどう生きるかというような事だと常日頃思っているので、そういう意味ではとっても力をもらえたし、その上で作品としてこんなに綺麗かつスマートに昇華されているものが観られてよかったかもしれない。
あとは本当に登場人物の生き方が物凄く現実味を帯びていた、考え方とか、性格とか、働き方、生き方、人との距離感。そういうものが全部リアルで、そのファンタジーとリアルのギャップが面白かったというかなんというか。
ものすっごく解りやすい物語!というわけではないからこそ、終わった後に三者三様、十人十色の感想が残って、感情に直接語りかけてくる…みたいな作品が好きなので、観られてよかったなあという簡単な結論に行きつく。
セリフにしろ、セットにしろ、客の想像力に色んなものが委ねられてる作品なのかなあと思った。


役者さんはほとんどはじめましてなのと、ついついまあ見知った人をよく見てしまうのだけれどとりえあず本気で永島敬三という人間のジャンプ力が尋常じゃなくてあれだけで3500円くらいの価値あるだろというくらい綺麗なジャンプだった。ジャンプとは一体…と思っていたけれどすごいジャンプだった。
敬三さんなりに「小学生」を意識した結果ああなったらしいのだけれど、なんだろう、あんな小学生いるだろうか、いやいるかもしれない。地方の小学生については私はよくわからない。
現在の時間軸で話をしているタカラ(敬三さん)と、過去でフルサト(鶴田まこさん)と対峙してるタカラのギャップがすごいよかった。過去のタカラは物凄いつめたくて、どこか棒読みで、なんだろう、薄れた記憶の中の人形みたいでとっても素敵だった。
という話をご本人にしたらご本人も意識してる~と言っていたので力強く最高でしたと伝えて帰ってきた。
なんだろう、この手の舞台で観終わった後に自分で「こうだったなあ」と思うことを直接演者さんに伝えられて、その事に関しての意見を伺えるのってすっごく好きなので、この距離感がある舞台は空きだ。

ハルニさん、は、私なぜかすごいシリアスな舞台で観てしまう事が多いので今度ゲキバカをちゃんと観にいこうと思う。
作中で一番リアルな人物だったのが、私的にはハルニさんだった。
挙動不審なところ、どもるところ、視線が泳ぐところ、本当は心優しいところ、自分がおかしいと自覚してるところ、それら全てが妙にリアルで、ああ今劇場の外の道を歩いていてもこういう人いても何の違和感もないな、と思ってしまった。
タカラとのやり取りの切羽詰った感じというか、愛という起爆剤によって本来の狂気を開花させてしまった感じというか、とにかくまっすぐなんだろうなというのが解るからこその怖さみたいな、そういうものの表現があまりによすぎてびっくりした。
ハルニさんもわりとゴーチ関連の作品で名前を見かけることが多いので、ハルニさんと敬三さんのやり取りがから勝手にすごい世田谷の風を感じた。劇場は武蔵野だった。
あと印象に残ったのはトクシゲ役の中村優さんかな~。凄いキャラが立っていたのと、衣装と髪型が物凄く似合っていた。特殊なキャラ設定なのにこういう人渋谷にいるよね、わかるわかるという感じ。
エイエン役の塩崎こうせいさんも、あの二次元的記号を沢山つけて現実的なことを言う感じもたまらなかったし、ソウル役の森脇洋平さんが一言も喋らない上に入れ物として感情表現してるのが面白かった。

「生きるために忘れる、忘れるために生きる……いや、覚えておく為に生きよう」という言葉があまりにも響いた。やさしい方にも、くるしい方にも。
私は何よりも忘却を恐れているので、今この舞台を観たという感想も忘れないように、覚えておくために、これからも生きていきたいねえ、みたいな、最終的にはすごい前向きな気持ちに。
公演は20日までで、Wキャストで毎日行われている。吉祥寺シアターなので新宿渋谷近辺からだとちょっと遠く感じてしまうのだけれど、チケット代が安いのと平日も19時半からなので、いろんな方に見てもらいたいな~と思った作品だった。


そういえば、最近あんまり「もしもし」って、言わなくなったかもしれない。