夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】トンマッコルへようこそ

トンマッコルへようこそ

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@Zeppブルーシアター六本木
2016年5月4日~5月8日

http://stage-dongmakgol.com/

ゴールデンウィーク真っ只中、ぼんやりとした頭を引き締めるためにピュアでほのぼのとした、けれどピリっとした空気を体感しに六本木の中の森へ。
ああなんか凄い私が得するキャストが共演してる気がするんだけどこれいつなら行けるんだろう?とマチネのチケットを取ったら普通に平日だった、けどそのまま観に行った。
結局この劇場は麻布十番から行く方が近い(けれど全力坂はきつい)。

感想ぱらぱら

劇場に入ると、そこは森だった。
サブセンターブロックは通路から3席ずつしか開放しておらず、通路より後ろの席はほとんどつぶして森のセットを組んでいた。贅沢な使い方。
けれどかねてよりこのブルーシアターの見切れなんとかならないのか問題にいらいらさせられていた私としてはものすごくありがたい座席配置だなと思った。
チケットがはけなかったから潰したのでは説も見かけたけど、でも作風上ブルーシアターを満席にする必要性はあんまり感じなかったからこれでよいのかなあとお金のことは考えずとりあえず自分の気持ちの上ではあの空間が凄く好きだったという主張。

朝鮮戦争をテーマにした本作。2002年にソウルで初演、その後再演を繰り返し2005年に映画化、日本では初演なのかな。
戦争がテーマの話を見ると必ず「正義」ってなんなんだろうと思う。というかお互いが正義を持っていてそれが噛み合わないから争いになるわけで。憎しみ合うわけで。
それは私が日ごろ生きてる中でも起きていて、結局誰も悪くないはずなのに沢山の人が傷ついて、沢山の人が涙を流して、沢山の人が憎しみ合う。誰も間違ってないのに、相手を悪者にする世界が広がる。ぎすぎすする。
そんな淀んだ世界の中で、とてつもなくピュアでほのぼのとした「トンマッコル」で起きた不思議な話。
戦争とは無縁の生活を送る「子供のように純粋な村」という意味の山脈の奥地にあるトンマッコルに、ある日アメリカ軍兵士を乗せた飛行機が落ちてくる。さらにそこに韓国軍兵士や人民軍兵士がそれぞれあらわれ、最初は敵対しながらも一時休戦としてそれぞれが次第に心を開いていくが…というようなところ。圧倒的なファンタジーで、けれどとてつもなく現実的だった。

劇団「悪い芝居」の山崎彬さんが作家役として現代に立っていてストーリーテラーを勤める。作家は自分の父・トングに聞いた話を脚色しながら物語を語っていく。
彼は見えない存在としてトンマッコルの中にいて一緒に笑ったり、驚いたりしており、基盤としては現代に戻ってくることはないのだけれど、2時間の上演時間の中でダレそうになると「作家」として舞台上で言葉を発する。
このタイミングがまあ大変とてもよかった。ものすごくよくしまる。し、集中しすぎて物語の中に入り込むのをわざととめたり、第四の壁を壊して客席に下りてみたり、このアプローチは面白いな~と思った。
またこの山崎さんの「語り手」の徹底ぶりというか、その世界の中にいるのにそこにいない立ち振る舞いがたまらなかった。
語り手がいて、ふざけすぎないコミカルパートがあって、全員の演技がよくてあっという間に2時間がすぎて、気がついたら泣いていた。皆の気持ちが痛かったし、純粋さが痛かった。でも別にだからって私に何が出来るかっていうとやっぱり何も出来なくて、戦争反対とか大声でいう事とかもなくて、ただこの物語を見て「正義は必ずしもひとつじゃない」という私の一生のテーマみたいな事は永遠に主張していきたいという気持ちにはなった。

キャラメルボックス畑中さんの演じるチソン(人民軍)と、平田裕一郎くん演じるヒョンチョル(韓国軍)のやり取りがも~~~関係成厨にはたまらなくて具合が悪くなった。
敵対する軍隊のそれぞれリーダー(部下を従えている)で、畑中さんはキャリアがあって最初に休戦する事を提案して銃をおく、平田くんは若くていらいらカリカリして最後まで心を開かない。最終的に畑中さんが平田くんにタバコを渡すシーンで涙がぼろぼろ止まらなくなってなんだったんだかねあれは。平田くんの表情が本当によくなかった(よかったという意味で)。
下手側の席で観劇をしていて、本当に平田くんの表情の移り変わりがよすぎて、終演後言語を失って「かっこよかった」としかいえなくなるくらいには、平田くんがかっこよかった(今も言語足りてない)。
平田くんの部下に永嶋柊吾くん、という組み合わせも個人的には完璧。というか永嶋くんとこの辺りの共演が観たかった民としては大満足。相変わらずの美声をアカペラで聞けてそこも満足。
人民軍の一番下っ端のテッキ役・神永圭佑くん。ほんわかしていてかわいかった。トンマッコルに暮らす少し「足りない」と称される少女イヨンに恋をして翻弄されている姿があまりにもピュアですばらしかったので彼らを幸せにしてあげたいだけの人生だった。

そんでもって柿喰う客の永島敬三さん。彼と関根翔太さんだけがこの物語の中で言うところの「悪」というか、敵というか。彼らがいなかったら幸せになれるのにな、みたいなパーツの役どころ。
物語後半まで村人をやってる敬三さんが全然喋らないのでこれなんか後から別で出てくるパターンだ~~と身構えてたら予想以上に凄みがあってびっくりした。なんだろう、童話の鬼みたいな役どころというか。
平田くんと永嶋くんは韓国軍から脱走してきた兵士で、敬三さんたちは純粋な韓国軍の兵士なので敵対関係になるのだけれど、敬三さんが平田くんに迫るシーンでここの共演が観たかったシリーズ再来でわりと色々危なかった。平田・永嶋・永島共演をわくわくしていたのでやっぱり大満足。

この2人の登場により、戦争と無縁だった地・トンマッコルが爆撃の対象になってしまい、それを食い止めるために5人の兵士たちが自らの身を犠牲にして…という流れで、多分本筋だけを追っていたらまあそれはそれは敬三さんたちの役どころは死ぬほど鬼に見えるわけで。
でも冒頭の話に戻るようだけれど「正義」とはなんなのか、という事を考えると、自分たちの軍隊から脱走した兵士たち、自分たちと敵対する兵士たちを見つけたら、相手を殺さなかったら今度自分たちの平和が脅かされてしまう。となるとそれらを排除しなければならないのは当たり前の選択で、彼らを「悪」とするのは本当に正解なのか?というと、彼らも彼らなりの「正義」を貫き通してるだけだよね、と。

「俺たちがここに来なかったら」というセリフは半分正解で、半分間違ってると私は思っていて。
彼らがトンマッコルに来たからこそ素敵な出会いがあって、物語が始まって、一生敵対しているはずだった5人の男たちが仲睦まじくトウモロコシの収穫をしたり、恋に落ちたりしたわけで。
結局どうしたって運命は変えられない中で、むしろ彼らがこの地に降り立ったからこそトンマッコルは救われたんじゃないかなと私は思っている。から、決して君たちは間違ってないよと言ってあげたかった。どこからかはわからないけど。

私はいわゆる善悪論をするのが大嫌いで、でも「正義」っていう概念について討論するというか考える事は大好きだから、戦争を題材にした舞台を観るのは好きなんだと思う。
胸がぎゅーっとしめつけられるくらいピュアで、信じられないくらいファンタジーで、でも最後に現実が突き刺さるこの舞台を観られたのは本当によかった。韓国の映画も借りて観てみようかな~とぼんやり思ったりなんだり。