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夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【ひとりごと】若手俳優+αに渡す手紙の内容

最近文章のアウトプットを怠っていてよくないな~何か書きたいな~と思っていたところ、他人様のエントリなのだけれど興味深いものを拝読して、「お、これいいなわたしも書きたい」と軽率に思ったので書く事にした。
元記事の執筆者さま、何か問題があればリンク解除なりなんなりしますゆえご連絡ください。
cz57.hatenablog.com



何を隠そう、いや特に隠してないけれどわたしは自他共に認める「お手紙オバサン*1」なので、最早推しを応援するのが趣味なのか、お手紙を書くのが趣味なのかわからなくなる時がたまにあるが、やっぱり好きな人でないと手が動かないので、原動力としてはきちんと感情が存在しているのでご安心ください。

現状、わたしがお手紙を預けられるテーマパークに住み着く妖怪と化しているために「若手俳優」以外にも手紙を書いていたのでタイトルを+αにしてみた。
とはいえ書いている内容は基本的に過去も現在も変わっていないので、自分の人生のおたく歴として長い「若手俳優に渡す」方を主題にしつつ、どういう事を書いているのかな~という話を、元記事さまを参考にしつつつらつらと。

宛名

普通に「フルネーム+さま」。さまはひらがな。郵送の時は漢字。
基本的には封筒のど真ん中にドドンと書くか、左上にちょこっと書いて下にべべーっと色の線を引く。
宛名自体は黒、装飾をする時はマステおばさんの引き出しからマステを持ってきたり、シール貼ったり、なんかちょこっとラクガキしたり。ちなみにラクガキのセンスはない。

書き出し

同じ書き出しにしておけば嫌でも同一人物からの手紙であるという事を脳が自動的に理解してくれるだろうと思い、書き出しは挨拶と名前だけで統一している。
その書き出しから大体+3行以内でリード文というか、前回の手紙からの季節の移り変わりや、状況の変化、最近の面白小話などを手短に書いている。手紙にリード文とか言い出したら訳がわからなくなってきた。

ちなみに初めて手紙を書く相手には自分が何者で、何故手紙を書くに至ったかという理由というか自己紹介からきちんとする。
この文字を書いている人間が実在する人間で、本当は直接お話したいけれどそれが叶わないので文字に気持ちを託してますよ!という事を真剣にアピールしたいのだと思う。

内容

自他共に認める「お手紙オバサン」の書く手紙は、大概手紙ではなく小論文であり、短くまとめようとした所でそれが難しいという結論に至ってしまったので、長いなら長いなりに読みものとして面白いものにしようという事を日々考えながら小論文を提出している。

内容はざっくりわけて
●最近のお仕事状況について&直近のお仕事の感想
●どうでもいい個人的な話
●今後の予定について
という感じだろうか。

ちなみに段落ごとにわけて小見出しを付けている。やっぱり何か手紙というものを履き違えてる気しかしない。
個人的な話のコーナーは「お前の話なんてしらんがな」というタイプの人の場合は割愛するけれど、例えば舞台を観に行く人とかで「最近こういうの観に行ったんだよ~」とか書くと喜ぶタイプの人もいたり、面会とか接触の時に会話のフックになりそうなタイプの相手には書いてる。ケースバイケースというか、相手に合わせる。

締め

こっちも4行くらいで今回の手紙の内容を読まなくてもわかる簡易的なまとめ(今までの文章は一体なんだったんだ)を書いて、「それではまた○○で」という感じで締めてる。
○○の部分は次の現場の場所だったり、明日だったり、週末だったり、「劇場」とかいうぼんやりした単語だったり。最後に末尾に日付と名前だけ書く。
ちなみに封筒には名前しかかかない。
1番最初に出す手紙と、郵送する場合のみ「実在の人物からの手紙」であることを主張する為に住所氏名を書いている。不審なので。

わたしにとっては「手紙を出す事」が重要なので特に返事は必要としていないので返事なんて来ないものだろうと思ってる。
が、勿論わざわざ労力と時間を割いてお返事ないし季節のご挨拶を頂ける場合は大変嬉しいので、その場合は物凄く感謝している旨をその次の手紙に記載して、事務所から来てるんじゃない場合は切手を返したりしていた(金券がOKな現場のみ)。
最近は金券NGの現場が増えてしまったので52円なり82円返せなくなってしまったが、52円のはがきでもおたく200人に出したら1万円かかるかと思うと結構な出費だよなあ。

気をつけてるポイント

勝手に追加した項。

何かと言葉というものの重さを尋常じゃなく大事にしているので、簡単に書く事により誤認・誤読されるのが凄く怖い。ので細かく丁寧に説明していると大分話が長くなってしまう感じ。
要は「お仕事決まって嬉しい!チケット取ったよ!」と、本来なら一行で済む文章があったとする。
それを「突然お仕事の告知があって、今週の疲れがふっとぶ位に物凄く嬉しかった!チケットがもう販売になってたんで、慌てて取った!楽しみすぎる!」みたいなところまで膨らませる。
でもナナメ読みが出来る構成になるように心がけてるので、何が言いたいかは細かく読まなくても伝わるようになっている、はず。努力はしている。
それこそ小見出しを拾ってくれたら「今日何を伝えたいのか」は解るようにしてる。気が向いたら詳細読んでね、みたいな。

とにかく「嬉しい」と「ありがとう」の感情に対しては誇大表現すぎて怒られても仕方が無い位、自分が持ってる言語をなるべくフル活用して伝えられるように努力している。
「なんかよくわかんないけどコイツすっげー嬉しいんだな」が伝わればそれでOK。
作品全体について「わたしはこう思った」という話と、それとは別で細かい演技についてとかは書く。作品がつまらない=演技が悪いとも限らないのでそこは切り分けて感想を書くようにしてる。
あと心がけてるのは下記かなあ。

●基本的に文字に力を込めすぎてしまう派なので、負の感情をつめこむと読んだ相手にそれが伝染すると信じてやまないのでのっぴきならない場合以外はマイナスの話(とくにおたく都合)はしない。
●「ごめんなさい」はなるべく使わないし、現場にいけない言い訳もなるべくしない。
●説教厨にはなりたくないから、本人がやってる事の否定はなるべく避ける。「もうちょっとこうした方が好きかも」というような事はさらっと書く事もあるが、あくまでも「わたしはこう思った」というくらいで絶対に強要はしない
●「頑張って」るのは当たり前だと思うのでなるべく「頑張って!」も書かないようにしてるんだけどこれは多分個人的なこだわりだし、書いてる時は書いてるから厳密ではない。
●長文を書く事が多いので、字が汚くなったら1回休憩する。読めない字を生み出し始めたらその日はそこで終了。
●絶対に読んで欲しい内容については結論を文頭に持ってくるのを忘れない。(前述と矛盾するようだけれど、見出しの後に結論書いてあったらまず目に入るだろうという考えから。)
●文章が真面目になりすぎると読んでいて疲れるので適度にくだらない話をはさむ事を忘れない。

本文を書く流れ

同上で勝手に追加した項。

基本的な流れとしては
【1】携帯やPCで何の話をするか小見出しを決める
【2】見出しに合わせて本文に肉付けをする
【3】起承転結が上手く収まるように順番を調整(ここまでGoogleドキュメント使用)
【4】清書(こっから手書き)
の、順番。

下書きをするのはわたしが漢字苦手人間だからとかいうクソみたいな理由があるのと、1回の手紙の中で矛盾が生じてないかとか、同じ事を何回も言ってないかとか、言葉をスムーズに読みやすいかとか、ナナメ読みできるか、長くなりすぎてないかとかが気になるので、その辺りに気を使いながらざくざく校正する。

手紙は主観なので主観で物を書いているが、逆にあまりにも客観的な発言になってる所とかは自分でウザいなと思うからざくっと切り取るし、感情的になりすぎて何が言いたいのかわからない話についてはその時は保留にして次回以降記載するよう心がけている。
同じ話を2回まではともかく3回するとヤバい人になりかねないので、下書きは全部パソコンのHDDの中にぶっこんで取ってある。2007年くらいから全部あるので自分の文章力の確認が出来て面白いのでたまに読み返す。そして死ぬ。
そんなこんなで大体「いつもと同じくらいの量」の下書きをしてから便箋に書くので便箋ぴったりで話が収まって便利。
手紙を書いてる途中でなんかこの話やっぱりいけてないかもと思ったらその便箋は破き捨てて書き直す。

書くときに行の切り替わりとかもすごい意識する。単語の途中で行が切り替わらないようにとか(特に固有名詞)、思わずめくりたくなるような引きを便箋の最終行に持ってきて、大事な話を次のページの文頭に持ってこようとかいうのは手でなんかいい感じに調整してる。
「次のイベントのチケットなんですけど…」でページの末尾に持ってきて、次の先頭に「無事に当選しましたー!いけるぞー!!」みたいな。
そこのこだわり、必要なのかよくわかんないんだけど。

週に1回この作業をやっていると、まるで週刊コラムの手書き原稿を提出しているような気持ちに陥る。でもどれだけ忙しくても眠くても下書きは絶対するし、データも残す。
あと基本的には手書き。たま~に遊び心で本文も印刷する事があるし、1回なんか調子にのったら感想文がリアル小冊子になってしまい、何故かめちゃくちゃこだわって和綴じにした事があった(なんだったんだろうあれは)。
ちなみに「印刷した時の方が早い」と思われがちだが、文字配置とフォント選びに異様なこだわりがある為に印刷してる時の方が時間がかかる

手紙を渡す頻度

舞台を全通するような人生を送っていた頃は毎日書いていたし、本当に手の付けようがないお手紙オバサン末期だったころはマチソワ間にも書いていた。今はお手紙おばあさん(老後)って感じ。
当時は「舞台を観た回数=手紙数」という認識で、いつでもレターセットを持ち歩いていたし、今みたいにテープのりとかいう便利なものが無かったのでスティックのりを持ち歩いていた。たまにカバンの中で可哀想な事故が起きた。
昔は「明日は○列で観るよ!」とか書いてたな~~~若いな~~~~最近となっては自分の存在をなるべく隠したいので自分の居場所のヒントを与えないようにしてるかもしれない(ただしイベント時は除く)。

あとは、いま足蹴なく通っている現場がまあなんと「ほぼ毎日手紙を預けられる」という、若手俳優現場からするとトンデモ環境なために、逆に切羽詰ってあうあう書く事はなくなった。用事がある時に書くイメージ。
後はどこでも一緒だけど初日後の感想とか、千秋楽日のまとめとかは欠かさない。千秋楽にはなにがあっても必ず書く。
基本的に郵送で手紙を送りたくない派なので、直接渡せたりプレボなりにぶち込める時だけ持っていくし、プレボに入れるときも他のおたくを信用してないので回収時間ギリギリにスタッフが来る頃を見計らって「これもお願いします」しちゃう。*2

本文の量

基本的に長い。平均で便箋4枚くらい。少なくて2枚びっしり。むしろ2枚いかない時はこれ手紙書かなくていい話題だなと思って書くのをやめてしまう。
6枚超える時は一部の話題を切って次に持ち越しにするので6枚以上にはならないように調整する。

レターセットの種類

便箋は100均のレターパッド、同じのをずっと使ってる。これも視覚的な面で「あっこいつからか」と解るようにするために統一した。
昔は線が無い便箋に小さい文字でびゃーっと書いていたのだけれど、普通に考えて読みづらい。そこケチるなら別に安いレターパッドでもいいから読みやすいほうがいいだろ、と、線がある便箋に文字を大きめに書くスタイルに切り替えてから枚数が多くなってしまった。

封筒は大体イラレとフォトショを適当にぺぺーっと行き来して自作してる。
その時の舞台とか衣装をモチーフにしたり、なんかよくわかんないけどその人っぽいモチーフにしたり。懲りすぎると時間ばっかりかかるので「大体何が言いたいか伝わればいい」レベル。
もしくは、無地の封筒にマステおばさんの引き出しから以下略して簡易的にデコっている。
しっかし大変とっても不器用な為に「これパス引いた方が早かったわ」みたいな事が多々ある、どうしようもない。
ちなみに趣味の範囲の創作活動なのでパスをひくのも別に上手ではない、自己満足の範囲。

番外編:手紙の取り扱いについて

自由コーナーという認識だったので表題変えてしまった。
受け取られた後の手紙がどうなるかの価値観について。あくまでも個人的な意見。

わたしは手紙を渡す全ての人間に対して読んだらハンコを押して返して欲しいと思っている。何かというと取って置いて欲しくない。
欲しくないというとちょっと言葉が強すぎるかもしれないけれど、あくまでもその場の情報伝達ツールとして「紙に文字を書く」という事をしているだけなので、大切に取っておいたり、何かの折に読み返したりなどしなくてよい。
なんなら楽屋で読んで用件が伝わったならばその場でゴミ箱にINして頂いてまったく問題ないし、それが冷たい行為だとも思わない。
わたしのやっている行為は情報を伝えるための手紙を書くなので、その手紙を受け取って読むところまでして頂ければそれだけで万々歳である。
ただ自己満足とはいえ流石に封も開けずに捨てられると少し悲しいので、開けて3行…というか見出し部分だけ読んで捨ててくれたら嬉しい。

読んだか読まないかの確認は基本的に出来ない(しない)けれど、なんとなく肌で「あー手紙読んだな」と解る時は解るから面白いよなあ。
たまに手紙に書いたネタをパクられた使っていただけた時とか最高に「読まれたー!!」ってなって凄いテンション上がる。「○○の方がわたしは好きかも」系が実践された時とかもすっごいテンション上がる。*3
「暇つぶしに読んでる」は個人的に褒め言葉なので、暇つぶしにわたしなんぞの手紙をセレクトしてくれてありがとうという感じ、4コママンガのコーナーとかなくてごめん。

ちなみに本文が全部大事な部分なのでマーカーを引いたら全部ピンクになる。むしろ最初からマーカーで書いた方が早い。*4
お手紙オバサンは基本的に「手紙を読むのが得意or好き」な人にだけ手紙を書いているので、お手紙にマーカーを引いて欲しい類の人類には手紙は書かないし、歴代多分そういう人は好きになっても長く追えてない気がする。

逆に、好きなんだけど自分と言葉選びの趣味が違う人に対しては書くのをためらって書く頻度が落ちてしまう。自分の伝えたい事が上手く伝わらない時が一番はがゆいし、だったら何も伝えない方がマシかもと思ってしまう。0か100すぎる。
だから基本的には「好きだから手紙を書く」んだけれど、「手紙を書いてないから好きではない」わけでもない。難しい。
あと、ここまで書き終わってから気がついたけれど、基本的にこのような内容の手紙を書いてきた相手は「手紙を書いてる人物=わたし」になっているのが最低条件かもしれない。じゃないとこんなに色々書けないな。


そんなところかなあ。
この記事を書いていて、とりあえずこの記事自体の話がクソなげえよという事に気がついてしまった。
そして読み返して、わたしは手紙というものを履き違えてるんだなという事を再実感出来たので、度々生み出されるよくわからない小論文のクオリティをもう少しあげようと決めた。
最近はSNSが主流になっているから、手軽にすぐメンションを飛ばせる時代だけれど、やっぱりわたしは紙が好きだし文字が好きだし文章が好きだから、手紙を書くおたくがいなくなってもわたしは書き続けると思う。
このエントリも書いていて面白かったし、他人様のお手紙事情も知りたすぎるのでこの話題広がればいいのになー。わたしも読みたい。

 

*1:お手紙を書く事が大好きなおたくの呼称。誰発祥かわからないけどなんか割とよく目にする。

*2:時々プレボ漁ってるおたくがいてマジでこわいからプレボの横にスタッフがいる現場は良現場だなあと思ってしまう。

*3:あくまでも趣味が合致した場合のみなので媚びてやってくれる必要はないし実践されなくてもどうも思わない。自分がこの方が好きだな~と思うことに対して、相手もそう思ってくれて変更してくれたというのがとても嬉しい。

*4:某若手俳優の「手紙を読むのがアレだから大事な部分にマーカーを引いておいてほしい」という画期的な発言。