読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】フランシュタイン

フランケンシュタイン

f:id:ka_ri_ng:20170115133642j:plain:w300
@日生劇場
2017年1月8日~29日

http://www.tohostage.com/frankenstein/


速報が出たのがいつか思い出せないのだけど、かなり前な気がする。
「これは絶対好きだわ」という感情に対して今一つ決定打が見当たらなくオロオロする日々。
誰か私の背中を押してくれ!そう思った所に公式からのキービジュアルとキャッチを見て、次の瞬間にはチケットを抑えるモードに入っていた。あれはずるい。

感想ぱらぱら

Wキャスト選考でちょっと悩んだ、アッキーも観たいけどとりあえず柿澤くんが観たい!のでビクターは柿澤くんの日。
じゃあ相方をどっちにしようか……小西くんと加藤くん…………どっちも好きだ……。
しかし、柿澤くんと小西くんの演じる役に対して別ベクトルのこじらせ方をしているので、同時に接種したら座席で安楽死ならぬ突然死しかねないので、勝手知ったる加藤くんをセレクト。


全体的な感想は「好きだけどもう一歩」という感じなので少し辛口め。
ちなみにキャストに関しては全く文句なしなのでストーリーの趣味の問題だとは思う。
あとは全体的に突然パッとシーンの転換が行われていて、一瞬前のシーンとの繋ぎ目がわからなくなったり(アンリが捕まるところとか)、同じシーンを繰り返す演出はなんとなく映像作品っぽかったのかな?そういう印象を受けた。


ストーリーの話掘り下げ。
何かと言うと私は重度の関係性厨なので、ビクターとアンリの関係を描くならそっちを重点的に描いてほしかったなあという気持ちがある。
1幕であんなにも凶器じみた友情を語ったビクターとアンリが2幕では完全に消え失せていて、ビクターもアンリもそれぞれの女性パートナーとのストーリーが強く出ていたので、本当に「他人がただ憎しみあうだけ」になってしまっていたのがちょっと惜しかった。

後は今作のキーになる「1人2役」システムが微妙に頭に入ってこなかった。ビジュアルは大好き、役も好き、けれどこれをわざわざ2幕冒頭からあの尺を取っていれる必要はあったのかな~とは少し感じた。キャスト好き的にはたまらないけども。
怪物(元アンリ)の過程を話すシーンは必須で、けれどそれは歌唱とアンサンブルで補ってもよかったのではないのかなというのが個人的な意見。
休憩込み3時間で全く違うエピソードが入ると、微妙に中だるみしてしまった印象。

さらにはここを1人2役にしてしまったことで、怪物側のエピソードに「ビクター以外の重要な人物」が現れてしまった。
ぼやっと「人間の女性に恋をした」位なら良かったのかなあと思うのだけれど、主要キャストが演じる役名付きのヒロインが現れてしまったことにより、「ビクターとアンリの物語」から、2幕は少し変わってしまったように感じた(あくまでも私は)。
感情移入する方向がどっちにいったらいいのかわからなくなったというか、「情報量が多く感じた」のが正解だろうか。

仮に2役目の方から物語がスタートしていたら恋愛が主軸に来ていてもよいのだと思うのだけれど、もしその途中で怪物とビクターが出会い、過去のアンリとビクターの話をしたら同じように「情報量が多い!」となると思う。
何より、1幕はビクターもアンリも「相手の事」を第一に考えていたのに、2幕から突然「自分の事」が第一になってたのがなんか釈然としなかった。そうか、引っ掛かってたのはこれか。
つまるところ「ビクターとアンリの話」をするのか「それぞれのパートナーとの話」をするのか、どちらかに振り切ってくれた方が私は好きだったかも、という話。
休憩20分を挟んだら全然違う物語というか、2人がまるで別のキャラクターになって見えたのが少し気持ち悪いのかもしれない。
2本立てだと思ったらちょっと納得してきたけど、やっぱり主要キャストは1役で通してくれた方が、気持ちが入りやすい。

このモヤッと感はビクターとアンリがどちらも男性で、下手に「友情」と謳っているからこその歯がゆさというか。
仮に、アンリが女性だったと仮定する。そうすれば1幕終わりと2幕冒頭のあの流れの気持ち悪さというか「どうしていきなりそうなった!?」の感覚はもっとわかりやすいんじゃないだろうか。
「男同士の友情だから別にね」というのでスルー出来るほど、1幕の流れは軽くなかった気がする。じゃあどうなってたら良かったのかというのは後述。


キャスト陣については申し分なしだし、もう片方ずつのキャストも観たくなった。
とはいえ結構これって「組み合わせ」が重要なのかなと思うから増やすにしても難しい。
柿澤ビクターは大好きだったけれど、柿澤ジャックを観た瞬間「これは中川ジャックが観てみたいわ!」という感情が咄嗟に頭をよぎってしまったので(柿澤ジャックがよくなかったわけではないのだが、ビクターがよすぎた。)、そこはビクターとジャックを演じ分けてる回を観るのもありかなと。
中川or柿澤でWキャストって不思議な取り合わせだなあと思っていたけれど、そういうことかもなと勝手に納得した。
それにしても柿澤くんは本気で「常人が狂っていく」のと、「どうしようもないバカで救われない人」が似合いすぎる。
彼が幸せになれない作品ばかり観ているのだが、そういう役を演じるのが上手いのだから仕方がない。
「殺すなら僕を殺せ!」というビクターは甘えてるなあと思ってしまった。勝手に死んだらそこで復讐は終わるよ、多分。
以前より声量が増して、透き通るみたいな高音ファルセットが今にも泣き出しそうな歌声でビックリした。柿澤くん、どんどん進化するなあ。

一方の加藤アンリは力強くて何事にも全力で、弱くて脆い人、という印象。小西アンリは多分もっと耽美的な儚さで、触れたら消えそう感が強そう(勝手なイメージ)。
加藤アンリの「君の夢の中で」が最強にただの恋する乙女過ぎてビックリした。あの瞬間の加藤和樹は少女だった。
けれどアンリのビクターへの「愛」とか「恋する気持ち」っていうのは多分、多分そういうことじゃなくて……!!!というような歯がゆさが再び。
わかった、加藤和樹に「恋愛」の類いを任せるときは用法用量を守らないといけない、学習!と思ったが私は演出家ではないので学習しても仕方がなった。
どうでもいいけど柿澤くんはまた足を撃たれていたし(※デスミュ)、加藤くんはまた焼印を押されていた(※1789)。

さらに壮麻さん演じるルンゲがめちゃくちゃよかった。そうだった、壮麻さんが出るのをすっかり忘れていた、好きです。
ビクターに愛されないながらも献身的に支え、どこか空回りするルンゲは愛しかった。
けれど気がつけば彼は蚊帳の外に出されていて、ビクターを悲しませる要因にすらなれなかったのが一番不幸なのではと思う。
ルンゲの存在により、この苦しい物語に緩急がつくというか、ホッと一息つけると同時に優しい気持ちになれる。その彼が気がついたら蚊帳の外にいる、というのは大きいのかもなあ。
他のキャストについても書きたいところはあるのだけれど終わらなさそうだから一旦終わり。


それから、舞台美術と照明がめちゃくちゃ好き。照明に関しては雷やストロボみたいな効果も入って、技術!という感じ(ざっくりだ)。照明の力で舞台上がまったく別の景色に見えてくるからすごいなと思う。あと舞台上に転々とする薔薇の花がよくて、そこにスポットがあたるシーンがとても素敵だった。
松明は煙も出ていたのだけどどういう仕組みだったのだろう?本当に火がついてたのかな。

あと個人的な感覚かもしれないのだけど「聞き取りやすい」「言葉の意味が拾いやすい」楽曲が多くて、物語を観る上では大変助かったのだけど、メロディラインがパッと思い出せる曲がほぼない。むしろどの曲も全く思い出せない。
でも歌詞はガンガン頭の中に出てくるから、悪いわけではなくて、そういう事もあるんだなあ、というだけの話。

「こうだったらいいのにな」選手権

またの名をただの個人的な趣味を交えた妄想のコーナー。
単に書いておきたいだけなので書いておく。
前述の通りに「どっちかに振り切って欲しかった」私としては、やっぱりビクターとアンリの話を振り切って欲しかった。それから、観ている私ももっと不幸になりたかった。ああ2人とも救われないバカだ、でもこうするしかなかったんだね、って思いたかった。
ので、どうなってたら満足したのかなと色々考えた結果、2幕からの話。


まずビクターにはそんな簡単に幸せになって貰いたくないので、ジュリアとは「婚約」位でよい気がした。そしてそこに怪物(アンリ)が戻ってくるイメージ。
ビクターが自分を甦らせてしまった後、自我を取り戻した怪物はビクターの元に戻るべく試行錯誤をする、その際に起きた自分への不幸や、友人を失うエピソードもありつつ(ここも友人くらいのベクトルでいい気がする。)、再びビクターの元へと現れる。きちんと自分の気持ちを伝えるために。
ゆえに怪物は記憶を失ってはいなくて、けれど失ったフリをしてビクターに近づき、今でもビクターの中に「アンリ」の影が有ることを認識し、少し安堵する。

しかしどこか自分の存在が薄くなってしまったビクターや、自分が歩んできた道の事を考えると、昔のように両手を広げて何でも許せるわけではなく「どうして」という気持ちが強まってしまう。
一方のビクターとしても、やっと忘れかけていた過去を思い出させる要因が現れてしまい、自ら蘇らせたにも関わらずアンリの存在を認められなくなり「怪物」と忌み嫌ってしまう。
「相手の事」を第一に考えていたはずの2人の歯車がどこからか崩れ初めて、どんどんと憎しみに変わり続ける。
「(自身を/記憶を)甦らせないで欲しかった。」そう思い合うのは、結局過去の記憶が輝かしい物だからであり、もう二度とそこには戻れない以上、彼らにとっての「幸せ」はそこには無いようなもので、「生きてほしい/生き返って欲しい」と思っていた感情がひっくり返り「死んでほしい/消えてほしい」に変わって膨らんでいってしまう。

そこからなんやかんやの復讐劇あり(中略)、それぞれ1人きりになった2人が北極にて対峙する。
「俺を殺してくれ。」と懇願するビクターに対し、「死にたいなら自分で命を絶てばいいのに、それをしないと言うことはどこか俺に期待してるんだろ。」と怪物が答え、その後ビクターが怪物に向けて銃を撃つ。
「本当は全部覚えていた、ただ君の夢の中で生かしてくれたらよかったのに。俺たちはなんて愚かなんだろうね。」的なことを言いつつ怪物は息を引き取り、そこでビクターがいい感じにアレンジがかかった「君の夢の中で」を歌いながら拳銃に再び手をかける。
「あの日君に逢っていなけりゃ、この人生なんてなかったのに」と。憂うように、悔やむように、惜しむように、憎むように、懐かしむように。
鳴り響く銃声と共に照明が落ちて、そこにはかつて友情を超越し愛し合うがゆえにすれ違い、憎しみあった結果の、悲しい2人の”怪物”の亡骸が物悲しく並び、フェードアウトするように物語は終焉を迎える。


……みたいな。
まあなんかこういうのが観たかった。
多分ここまで振りきってくれたら「死にたい!!!!!」と言いながら日生劇場を飛び出ていたと思う。
「もうちょっとビクターとアンリの話聞かせてよ!!!!」となってしまった自分としては、こうやって謎の「こうだったらいいのにな」ストーリーを展開させて納得させるしかないので、もうこれでいいかと思うようにした。きっと本当はよくない。
役者の技量ではなく、脚本における役の解釈が趣味と合致しないのは大分辛さがあって、でも1幕の彼らはめちゃくちゃ好きなんだけどこの気持ちはどうしたらいいの!?というので混乱している。困った。

こんだけ鬱になれる題材なら、エンタメの方向に舵取りしないでもっと鬱を突き詰めたらよかったのになと思うし、板垣さんの「友情が尊すぎて鬱になる」演出にもってこいだったと思うので、ちょっとばかし残念だなと思いながらも、まあこれ日本初演作品じゃないし、多分この作品が評価されてるのって「一粒で二度美味しい」的な事だからだと思っていて、単にそこが合わなかったのかな?と。
なんとなく日本版がプッシュしたかったのは、私が求めていたような「ビクターとアンリの関係性」の部分であって、だから公式からの宣伝はそっちを押してくるのが多かった。ゆえの物足りなさなのかな~とも。
自分の中でこうやって補完できるし、作品としては素晴らしかったので観に行ってよかったというのは変わらず。

自分の中でモヤモヤするものを書き出していたら、すっかり自分では納得したものの、辛口というかなんというかよくわからない感想になってしまった。
けれどまあ舞台を観て、「何か感じる」事が出来たらそれで十分その作品は素晴らしかったと思うので、今回はこんな感じの感想でひとつ。