夢は座席で安楽死。

観る→考える→想う→書く。

【ひとりごと】「私とリア恋」について


今年に入ってから「おたくとリア恋」という内容のアンケートを取った。
沢山の人が回答してくださって、今も誠心誠意回答を編集している。回答内容は千差万別、十人十色。色んなおたくが色んな形で悩んでいるのを見ては、上手く形容しきれない気持ちでいっぱいである。


何故今回このアンケートを取るに至ったか。その理由はさまざまで、ひとつではない。
ただ、その中のひとつに「私自身がかつて救いようのないリア恋おたくだった」という理由がある。
アンケートで人さまの話を聞き、それを元に話をしようというのに、自身の価値観を公表しないのはフェアではない気がしたし、そもそも「いつか話したかった事」なので、丁度良かったのだと思う。
アンケートを集計してコメントをつけてくれる人間は私の他にも数人いる。けれど、今回は個人的な話なので、個人ブログに掲載をする。

当たり前にただの自分語りなので、知人が読んだらクソつまんない話だし、他人が読んだらもっとクソつまんない話だ。
ただ、この話をいつか書いて供養したいと思い続けて数年が経過してしまったため、そろそろ書いて供養をしてやりたかった。
あまり自分の事を語るのが好きではない自分としては匿名はてなに書く事も考えたが、きっとそれでは意味がなくて、私が「私」として存在しているこのSNS上で発して周知して貰う事で、過去の私が成仏出来る気がしたので、なんでもいいからとにかく書く。


以降の話が、気狂いメンヘラおたくにより妄想された創作なのか、気狂いメンヘラおたくにより起こされた現実なのかの判断は、読み手の皆さまに一任する。


今から何年も何年も前、私にはとても大切な「応援している人」がいた。何をしていた人なのかは省略するけれど、「人前に立つ人」だ。
私は、本来であれば一山いくらの「応援している人間」の集合体の中の一人だった癖に、その相手の事を好きになってしまった。当時はそんな言葉はなかったが、今となれば「推しにリア恋するおたく」そのものだ。
それまでのいきさつを説明するのは一旦またの機会にするとして、「応援しているだけ」の人間だったのに、気がついたら「恋に落ちていた」のである。

当時は今みたいなおたく戦国時代ではなかったし、現場のジャンル的にも合法的に本人と話せる機会も多かった。規模の大きな界隈でもなかったので、あくまでも「おたく」としてそこそこ仲良くしていたし、このままこうして推しの事を応援しながら日々を過ごしていくのだろうなと思っていた。


だがしかし。
私が推しを応援しはじめてから数年経った頃、推しは引退を決意してしまった。
私は目の前が真っ暗になった……と、思いきや、大分こじらせていたおたくだったので「そうなんだ」くらいの気持ちでいた。
実際、人前に立つ推しの事は大好きで、活動を続けるのならば応援もしたかった、けれどなんとなく引退するのだろうなというのは、日々の会話から予想が出来ていたので、数日間ストレスで声が出なくなり泣き続ける程度で済み、受け入れるのは早かった。
更に言えば、当時の私は酷く「同担・被り拒否(今で言う所)」の人類だったために、「これ以上ファンが増える前に現役から退いてくれた方が自分のメンタルが保てる」というクソみたいな理論を展開して、勝手にゴールを設定して、やるだけやりきって、推しの勇士を見送った。


問題は、そこからだった。
推しが引退した所で、私の中の「リア恋おたく」は死にはしない。しかし推しは最早「人前に立つ人」ではなくなってしまったので、迂闊な事をすると法に触れてお縄にかかってしまう。
おたくの時からいつだって変わらず推しの事が大好きでたまらなかったけれど、推しやその周りに迷惑をかける事だけは絶対にしたくなかった。そのために、そのままメンヘラをこじらせて数年を過ごす羽目になってしまう。

勿論その間に応援していた人たちもいたのだけれど、あくまでも「二推し以下」であって、私の中の最優先事項は推しだったし、推しに接近出来る機会があるのであれば、友人も現場も、何もかもを蔑ろに出来た。
現実世界で私に好意を向けた異性は、もれなく全員私の前から消えていった。本気で救いようのないクソおたくだ。
「自分に特定の推しはいない」と公言し続けていたのも、この気持ちの名残からくるものだ。
だからきっと私はいつまでも「舞台の上にいる人しか好きになれない病気」なのだろうなとは思っている。
当時は何故か、自分の中で「きっとどうにかなる」という確固たる信念があったし、浅はかな若者だったし、何よりメンヘラだったので、「物凄い勢いで罵倒して貰って心を折って貰うか、結婚するかしないと納得が出来ない」という意味不明な目標を掲げていた。「絶対に会える」という、その自信がどこからくるのか謎だった。


ただ、どうしてそうなってしまったかというと、ありがたくも何故か周りが協力的だったからであり、推し自身も希望をチラつかせていた。それが余計にこじらせた理由な気もする。
「周り」というのは、私の当時の友人達もそうだし、推しの元同僚達もそれに該当する。
元同僚達は、推しが引退した後も現場に現れる私のメンタルを心配してくれたり、たまに推しと会った時はその事を教えてくれたり、私の話をしていたよとか、最近こうらしいよとか、そういう事を伝えてくれていた。
そんなアナログな人伝ではなくて「お前が直接話にこいや!?」と思いながらも、甘やかされてしまっている以上、「忘れる」「諦める」というフェーズに入る事も出来ずに、グズグズ時間を過ごしてしまう。
しかし、元同僚達にいつまでも甘えている訳にも行かないし「迷惑がかかる」と悩んで病みまくったし、時間が経つにつれ、推しと元同僚達もどんどんと疎遠になってしまった。
タイミングを見計らって、私は元同僚達の元に姿を現すのをやめた。
もう何年も会っていないけれど、いつかお礼は伝えに行けたらいいなと思う(とはいえ、現役で活動していない人もいれば何をしているのかわからない人ばかりなのでそれは思っているだけで構わない)。


そこから暫く時間が空くのだが、持ち前の悪運の強さが発動し、ある時「その時点での推しと縁がある人」と偶然知り合う事になる。
何故その人間が推しと縁がある人間だと把握したのかは省略するが、こちらから何かしての事ではなかった。
私は大事な所で嘘のつけないアホなので、様子を見て事情を説明してしまったのだが、何故かそこでも意味不明にその状況が許容されてしまった。
当たり前に推しは私の事を覚えていたので、私と推しの「第三者を介してのコミュニケーション」が再開してしまった。自分で自分の首を絞めて、やっぱりひたすらに病んだ。
お前、そうなる前に諦めとけよと。ここまで来たって結局傷口を抉るだけじゃないかと。


それでも、藁にもすがる思いでしかなかった。自分が何年も何年も推しの事を考えて費やしてきた人生をここで終わりにしたくはなかったし、ここまで来てしまった以上、何かしらのオチを見つけないとどうしようもないと思っていた。
途中から「会って"迷惑だ"とハッキリ言ってもらいたい」と言う気持ちが生まれていたのも間違いなかった。数年間にも渡る夢見るリア恋おたく生活に、疲れきってしまっていた。それなのに1%以下の夢を切り捨てる事が出来なかったから、こんな事になってしまった。
「何かの目的の為に推しに会う」のではなくて、「推しに再会すること」自体が目的になっているのは、自分でもとっくに気がついていた。それでも会ったらきっと何かが変わるのだと思っていた。


そこでツテが出来たのにも関わらず、更に数年経ってしまったのは、私と推しがどちらもアホだったからだ。
しかし、アホはアホなりに、数年の時を経て再開するに至る。
久しぶりに推しの顔を見た瞬間、言葉では表現出来ない感情に襲われて、多分きっとこれは起きたら夢なのだろうなと思いながら食べた食事の味は、普通にハッキリ覚えている。そして夢でもなかった。
その日は無難な話だけをして解散し、後日改めて二人で食事をする約束をした。
「どうせ口約束だろう、これで終わりだ」と思っていたのにも関わらず、何故かやっぱり本当に食事に行く事になった。


最後に推しと二人きりで話をしたのが、その日の何年前の事だか思い出せないレベルで、けれどびっくりするほど昔話に花が咲いた。
緊張する間もなく、あの時はああだったね、この時はこうだったね、と、まるで昨日の事のように色んな話をした。死ぬ間際の走馬灯を見ていたのかもしれない。
驚いたのが、推しも当時の事を鮮明に覚えていたことだった。
私は、所詮おたくの自惚れだろうという事で処理してきた数々の出来事や、私信だろうなと思いながらも確定打がなかったもの達が、やはり「私のために行われていた事」であるのを知り、推しがいかに私の事を考えながら当時活動を行っていたのかを聞かされた。
現役の病める私に教えてやりたい、「お前めちゃくちゃ幸せだったぞ」と。
とはいえ、それすらも冷静になった今ではリップサービスで夢の続きだったのかもしれないのだけれど、ありがたく頂戴しておく事にする。


ふいに推しが「辞めるキッカケの一端は私にもあった」という話をした。
何かというと、「一生懸命応援してくれている私がいるのに、自分が一生懸命出来ずに成果を残せないのは失礼だと思った」と、そういう話だった。
ある種とんでもない責任転嫁で、クソ野郎だなと思ったが、悔しい事に「嬉しい」と思ってしまったからどうしようもなかったし、そんなクソ野郎の為に数年を費やしてきた私自身も、紛れもないクソおたくなのだ。


推しの現在の状況の話を聞いていく内に、推しは本当に私の事を大切にしていてくれたのだし、今も大切にされているのだと感じて嬉しくなると同時に、それはあくまでも「おたく」としての事なのだなと、どんなにアホでも気がついてしまう。
数年前に夢見ていた「物凄い勢いで罵倒して貰って心を折って貰う事」を要望してみたが、「そんな事出来るわけない」と笑って返された。心が死んだ。いっそ一撃で殺して欲しかったのだ。1ミリの希望だっていらなかった。
逆に「結婚出来るかもしれない」というビジョンを捨てない選択も出来た。けれど、そのビジョンのために無理をすると、過去の自分が死んでしまうのもよくわかった。私が何年もの間描いた夢は、どちらも叶う事がなかった。


何故なら、私は推しにとってあくまでも「大切なおたく」であり、それ以上にもそれ以下にもなりえないからだ。
「嫌いではないし、迷惑でもない」
「むしろ大切に思ってるし感謝もしている」
「これからも機会があったら会いたい」
「けれど恋愛対象ではない、今は」
その「今は」を聞いた瞬間、胃が苦しくて、泣き出しそうで、辛くて、しんどくて、その場から逃げ去りたかった。
またこの話は先に続いてしまうのか、ここで終わる事は出来ないのか。それじゃあ今日私がここに来た意味が無いではないか。

そう思い、「じゃあ友達でいいじゃん」と伝えてみたものの、推しは「男女の友情」を信じないタイプの人間なので、その相談もあまり意味をなさなかった。
それと同時に「私も別に推しの事を恋愛対象としては求めていないんだな」と自覚してしまった、何かの終わりを感じた。
確かにその時に「リア恋おたくの私」は死んだ。殺されたのか、自殺したのかはわからない。けれど確かに死んだのだ。
こんなに何年もの時間を費やして来たのに、やはり終わるのは一瞬なのだ。だから私も推しも、心のどこかで「会いたいけれど、会いたくない」と思い、ここまで話が長引いてしまったのだ。要はただの似たもの同士だったのだろう。

嫌がる推しを振り切って、食事代の支払いをした。
今まで推しが嫌がる事は一度もしなかったので、最初で最後の反撃がこの程度なのかと思うと、凄く虚しさに溢れたが「女の子に食事を奢って貰ったのは初めてだ」と言ったので、「じゃあ二度と奢られるな」とキレながら伝えた記憶がある。
そこでも「特別」にこだわる私は、やっぱりどうしようもないクソおたくだった。


「再会すること」が目標になってしまった自分にとって、再会してしまったらここがゴールだ。
ゴールのオマケで、過去の自分を幸せにしてくれる事までしてくれた。もう、それでいいじゃないか。このリア恋に振り回されてメンヘラをこじらせて死にたいと喚く毎日に終止符を打てただけで十分だ。
別れ際に「お互い幸せになろう」と、話をしたものの、推しも、私も、別にそういう意味では現状特に何も変化は起きていない。
ただひとつ解るのは、私の目指す「幸せ」のビジョンの中に、もう推しはいない事だった。
私にとっての幸せは、「推しとの大切な思い出を背負ったまま別の世界で生きて行く事」で、推しも推しで「私が推しの事を嫌いにならない世界」で永遠に大切にされながら生きて行きたいのだろう。
あまりにもチープすぎて反吐が出そうな話だ。二人そろって臆病者のバカなのだと思う。


「また会おう」
そう言って、超健全的に終電で別れ、そのまま会わずに数年が経過している。
推しの元同僚は前述の通りに何をしているのか解らない人ばかりだし、当時推しと会うキッカケになった人も今は推しとは疎遠になっているので、私が距離をつめない限り、私と推しの距離は一生このままだ。
推しの誕生日の時だけは「おめでとう」を今でも伝えているが、その言葉を発する自分はどこまでも「おたく」なんだろうなと思っている。
ずっと繰り返している形式的なお祝いの言葉に、形式的な返答が返ってくる。
「ありがとう。彼氏は出来たの?早く幸せになりなね。」
「そっちこそ早く結婚しなよ。」
何度この会話を繰り返したか、解らない。それでも、私も推しも「じゃあ、会おうか」とは言わない。昔と違って今は言えるのに、それでも言わない。
そして、推しは決して自発的に私の誕生日を祝った事は無い。だから今日、このブログが更新されている。


結局の所これが正解だったのかは解らない。リア恋のおたくにとってのハッピーエンドはなんなのか、人生の時間の相当を費やしてしまった私でも不明だ。
「まるで漫画みたいだし、ここまで来たらいつか結婚するんじゃないか」と、自分の友人にも、推しの知り合いにも茶化されて言われていた私と推しは、その道を選ぶ事はなかった。
きっとこれが私と推しではなかったら、そういう結論に辿り着けたのかもしれない。
いっそそこまで到達したら、美談コンテンツとしては最高のものだったのだろうとも思う。
でも、もう私にはこれ以上頑張る力が残っていなかった。
推しの幸せと今までの思い出を考えたら、このまま綺麗な思い出として大切にしまっておきたかった。無理をして傷つけたくなかった。自分も、思い出も、何より私を大切なおたくだと言ってくれている推しを。


私の理想としては「友達」で良かったのではないかと思う。けれど推しは過度に他者とのコミュニケーションを嫌う人間で、やはりいつになっても「男女の友情」を信じてくれない以上、その理想は私側のみの希望でしかないので、これからもその道はない。
「結婚して幸せになる」のが世間が思い浮かべるハッピーエンドだとしても、私と推しのハッピーエンドはそこにはなかった。けれど私たちのこの選択はバッドエンドでもない。
どこまでも「メリーバッドエンド」なのである。私の人生は大概いつでもメリバだ。
それでも私は「特別で大切なおたく」として永久欠番を貰っていて、私の中でも推しは人生の中の大事な時間をほぼ占めている「大切な推し」に変わりはない。
「リア恋おたく」としてのハッピーエンドではないけれど、「おたく」としては十分すぎるオチがついた。なので「リア恋おたくの私」を成仏させてあげたかった。


今は、今の自分にとって大切な人たちを応援している。
昔と変わった事は「応援対象が一人ではない事」と「決してリア恋ではない事」だ。というより私がリア恋だった相手は、後にも先にもこの話に出てくる推しだけであったし、どちらかというとそちらが特例なのだと思う。
今の自分が大好きで、今の推したちが大好きで、だから仮にこの推しが「現役で復帰します!」と言おうが、食事に誘われようが、私にとっては今一生懸命応援している人たちの方を優先するだろう。
私が当時の推しへの誠意として出来る事は、「今大好きな人たちに一生懸命になる事」だし、何より推しが絶対に現役に復帰しないのを解っているからだ。
その世界線は一生訪れない。だから私もリア恋のおたくには戻らない。絶対に。
「推しの為に」生きていた生活はとうに終焉を迎えて、今の私は「私の為に」生きている。

かつての推しが現役を退く原因の一端に、私の一生懸命さがあったのであれば、どうか今自分が大好きな人たちには、私の一生懸命さによって「やりたい事を一生懸命やる気力」にして欲しい。
だから私は一山いくらのおたくでかまわない。大好きな人たちが、毎日楽しく幸せに活動できるように、ただ一介のおたくとして、そこにいられたら十分だ。


ここまで語った話は既にすべてが数年前のもので、リア恋おたく全盛期だったのなんて遠い昔の事だ。
今では応援スタンスも相当変わっているし、無茶もしていなければ、危ない橋も渡っていない(当時も奇跡的に危ない橋は渡っていなかったが)。
そして、当たり前だがかつての推しは今応援している全ての人間と一切関係のない世界の人間だったので、今の私は本当にただのおたくである。
それくらい、推しは人前に立つ世界から遠く離れている場所に、今はいる。


それでも、私がリア恋のおたくに対して至極微妙なニュアンスで話をするのはこういう理由があるからで、過剰に反応するのは自分が過ごしてきた時間に誇りを持っているのと、それに伴うリスクや辛さを知っているからだ。
そして自分が応援している人や周囲の人たちの進退や活動状況に対してや、おたくの応援スタイルについて異様なまでにこだわるのは、この一件が大きく影響している事に、間違いはない。(他にも色々ある人生なのだが、それは今は置いておく。)
今の私はリア恋を肯定も否定もしない。もし聞かれても「ケースバイケース」だとしか回答が出来ない。
出来る事ならば皆がそれぞれに「幸せ」になって欲しいのだが、ただ、その「幸せ」の着地点が解らないから皆苦労するのだという話に尽きる。
あとは、生半可な気持ちで無茶をすると、現実世界の自分も、おたくの自分も傷つけるから気をつけろとしか言いようがない。


「リア恋おたく」の中の「リアル」と「恋」と「おたく」。
この三つはきっと最低どれか一つを捨てないといけない。三つを共存させて生きている内には、きっとゴールにたどり着けない。
私は「リアル」と「おたく」を残して、「恋」を捨てた。それだけの話だ。
だから「リア恋おたくの私」は死んだのだ。



くり返すが、この話が気狂いメンヘラおたくにより妄想された創作なのか、気狂いメンヘラおたくにより起こされた現実なのかの判断は、読み手の皆さまに一任する。
信じてもらう必要はないし、この話の真偽なんてどうだって構わない。
ただ私が書きたかったから書いただけの話で、もしも誰かがこの話を信じて何かを感じてくれるのであれば、数年前に毎日泣いて苦しんで過ごしていた私の魂も浮かばれるのではなかろうか。


「リア恋おたくの私」、辛かったよね、苦しかったよね。お前は良く頑張ったよ。
何年も前に終わった事なのに、未だに供養してやれなくてごめん。今は安らかに眠ってくれ。


毎年一回、線香くらいは供えてやる。
何年も欠かさず大切にしている、その日に。