夢は座席で大往生。

観る→考える→想う→書く。

【フランケンシュタイン】それは地獄か幸せか、はたまたその両方か

 
こんにちは休演日!!

何故今日は休演日なのか!!!(比較的時間の融通が利くのに)(皆が休むためだよ)
という訳でフランケンシュタイン再演第一クールお疲れ様でした!!


初演デスミュぶりに脳みそを整理するための多エントリをすると決めたはいいものの、何が問題ってまだかきこにしか観てない!
この後他を観る!!もうあきこにも観ると腹をくくったから全ペア観る!!!

かきこに初日は「あーーーーマジか?」くらいのテンションだったのに、じわじわと毒が侵食するように気が触れていって、気が付けばチケット増やしてかきこに2日目を観に行き、しっくり来るかのように死ぬほど泣いた。そして余計に気が狂いチケットが更に増えた。

手持ちのチケットが突然凄い量になってるんだけど、こういう事もあろうかと「推しがエリザベートシングルキャストに抜擢されても通える貯金」をしておいてよかったね。
ちなみにエリザに出演しそうな推し役者は特にいない。


脳の回転が勢いひどすぎるので都度都度まとめておかないと24時間ツイートするくらい脳みそが活性化してしまうので、Twitterに書いたことの再まとめみたいにしておかないときっと死んじゃうから吐き出し。
大事な事をお伝えするんですけど20日からデスミュはじまっちゃうんだよ。
初日に観に行く予定なので20日の時点で私の脳みそは終わるからビクターにあげたい。使ってくれ。すでに怪物みたいなものだし。
もうカッツカツまでフランケンシュタインを増やしている(なんならどの組み合わせが観たいとかじゃなくて行ける回を行けるだけ増やそうとしている所がある)からデスミュは20日に観ても31日まで増やせないんだぞというので、ホリプロはなんで日比谷で地獄を上演している裏で池袋で別の地獄を上演するのか!


あ、これから「かきこにのフランケンシュタインはハッピーなミュージカルです」って話をします!!!
他ペア観たら再度他ペアの話もしたい。


既に観劇済みの方もしくは地獄に興味がある方向けのエントリなので普通の感想が読みたい方は以下をどうぞ。
ka-ri-ng.hateblo.jp


Welcome to ようこそ地獄パーク

一晩経っても二晩経ってもかきこにが凄い。

私が第一クールに他ペアを観るのに二の足踏んだのは「かきこにの余韻に浸っていたかった」からであり、これはもう他ペアを観なくともハッキリとわかるほどにこの地獄が一番自分の好みだ、だって2人とも闇属性。一番居心地がいい。いかんせん今自分が大分死んでる。

けれどその居心地の良さは「自分が居心地がよい空気感」というだけであり、作品としての面白さや楽しみ方としての正解が全部ここにある訳ではないので、かきこにを2回摂取することにより大分自分自身が落ち着き、やっと他の組み合わせを観る心の余裕が出来た。
ので第二クールからばんばん頑張って行きたいと思う。


本当に落ちこんでる時に中川晃教を観ると光が強すぎてしんどくなっちゃうのと同じように、Twitterとかでアッキーファンや和樹ファンの感想を観ていても「光のもののファンってやっぱり光のものなんだな」という感想が浮かぶくらいに(?)、なんだかもう全体的にまぶしくて仕方がない。

私は柿澤勇人小西遼生みたいなタイプの役者が舞台上で発する不幸の蜜をすすって生きているだけなのでファンですらないし、もう「ファンです!好きです!かっこよかった!素敵!!!」みたいな感想を見るだけで眩しくなってしまう。
そんな私でも優しく入口を開いてくれるのがかきこにでした(???)。


あのあれだ、そう、陰キャに優しいフランケンシュタイン!!!!!!
それがかきこに!!!!!!!!!!
今日もドッタンバッタン大騒ぎしてるのでそこのあなたも日生にぜひ!?!?!
いや今日は休演日だから大騒ぎしてないね!!
けものはいてもばけものはいない!!!いる!!!!


だから一般大衆からすると一番とっつきにくいのがかきこにな気がする。
わかる、いつも自分の一番好きな組み合わせがチケット手に入りやすいのってそういうことだと思ってる。

柿澤ビクターの依存がすごい!

再演でジュリア・カトリーヌの立ち位置が「女」から「強い人」に変わったことと、エレンの立ち位置がどこまでも「普通の姉ちゃん」になったことで、より一層「ビクターとアンリの2人の物語」になったように見え(てい)る。

各々が演技プランをちょーーーっとずつ変えてきたものの歯車がかみ合った結果こうなるんだろうなと思うからお芝居って本当に面白い。
再演の女子2名、本当にとても「普通の人」なのが、メイン男2人の禍々しさを強調させるのでとても良いと思います。


かつ、再演の柿澤ビクター、初演にも増してジュリアには依存してないし、ジュリアもそんなにビクターのことが好きじゃなさそうに見えるからバイアスって怖いな!!!と思うけど結構そういう印象受けてる人が多いので多分何かそうなのだと思う。

逆に柿澤ビクターのエレンへの依存が深まった気がする。「お姉ちゃんだから」というより「エレン」に依存してる所があった。
中川ビクターは逆で、エレンとのやり取りはそこまで…?みたいな感想をパラパラ見かけるので早く中川回を観ようね。


柿澤ビクターも初演はもうちょっと世界に絶望して世界を突き放して、最初っから「俺は一人だ!」みたいな所に酔っていたけれど、再演柿澤ビクターはある程度世界を観た上で絶望している等身大の人間感と、だからこその狂気が増したというか。
とにかく柿澤ビクターが自分にも他者にも優しくなった結果、アンリとエレンへの依存度合が深まった気がする、ありがたい話です。

そして加藤アンリが「思わず依存してしまうような柔らかさや母性」の光パワーの持ち主ならば、小西アンリは「依存したくなるように仕向ける」天才陰パワーの持ち主なので、柿澤ビクターがずぶずぶに依存しているのが観たいなら加藤アンリ、柿澤ビクターが共依存してしまっているのが観たいなら小西アンリなのだろうな。

共依存大好き人間としてはまーーーーーーーーーーこれが刺さる刺さる。
そりゃ光の代名詞中川ビクターと小西アンリなんて観ちゃったら「取らないで!!!!!!!!」になってしまうだろうから第一クールの私はあきこにを観なくて正解でした、泣いちゃってた。
もう大丈夫なので観ます(強い意志)。


柿澤さんって「うわあ!こじらせてらあ!」みたいな演技をする人で(そしてそれが好きなので)、柿澤ビクターのこじらせっぷりが本当にすごかった。
誰かに愛してもらいたい、誰かに褒めてもらいたい、誰かに気づいてもらいたいという引力が凄すぎて、小西アンリと「出会うべくして出会ってしまった」感がえげつない。

柿澤ビクターの人を寄せ付ける引力がとにかくとてもとても増した。
自己肯定力が低い人の「助けて」って気持ち、自己肯定力が低い人を吸い寄せるんだよね!!!
今自分がばきばきに自己肯定力が低いので、柿澤ビクターの(役としての)あの感じにぐわんっと吸い寄せられてしまって、本当に人生しんどい時にしんどい柿澤さん観て気持ち落ち着くみたいなところあるから、ホリプロは私の延命措置を行ってると思う。

小西アンリの依存させっぷりがすごい!

加藤アンリが生きていて死んでいく人間なら、小西アンリって死んでいて元の場所に還る人間じゃないですか。
初回は全体の空気感を味わおうと思いオペラグラス未使用観劇だったものを、2度目のかきこには後方センターからオペラでばんばか観たら本当に小西アンリの死にっぷりが凄かった。
登場時から死んでる、目が死にすぎてて凄い。もしかしてお前、友達がいないな…?


小西アンリは世界のすべてを拒絶していて、けれど柿澤ビクターに対してだけはATフィールドを少し弱めて自分のパーソナルスペースへの侵入を許していて、それでも胸の内の全部を語ろうとはせず、自分で決めて自分で進んで行ってしまう、けれど本当は気が付いてほしい、みたいなお前そんなめんどくさいやつ~~~~~~~~~~~~!!!!!好きですね。
あっっっもしかして私再演の小西アンリの演技プランがめっっちゃくちゃ好きなのでは!?と2度目の観劇途中に気が付きましたとさ。


表情がとにかく本当に少女でありヒロインであり女優すぎて困ってしまっており、世間で一番観るべきベストオブ小西アンリは確実に断頭台のところなんだろうけれど(本当に何?言葉で説明できない表情をしていてあそこだけ今すぐ4Kで配信してほしい)、個人的にオススメはビクターに「パートナー」って言われてる時の本当に絶妙な顔を世界に見てもらいたい。
というかビクターの事を話しているところ全般の小西アンリの表情が病気。
小西アンリが話す言葉、主語が無くてもビクターの話してるし、ビクターの話しかしてない。


なんかこうどうにも「ビクターといれば幸せ」と自分に言い聞かせて思い込んでる部分もあるというか、依存症の人ってどうにもこうなりがちだよねあるあるを詰め込んだのが小西アンリというか、身に覚えがありすぎて結構キツいんだけどめちゃくちゃ愛しくもあるし、とにかくまあ依存ですよ依存!!!!(考えることを放棄したらしい)

爪痕残し過ぎた結果が大成功で、2017年の時にはあまり感じなかった2幕の柿澤ビクターの中のアンリ居住率が高い。
きみが心に棲みついちゃってる。

地獄の中の地獄がすごい!

柿澤ビクターの「本当は誰かに愛して欲しい、誰かに褒めてもらいたい」という気持ちと、
小西アンリの「本当は誰かを愛したい、誰かの傍にいたい」という気持ちが、ばりばりにかみ合って吸い寄せられているのに、やはり2人とも陰のものなのでどうにもお互いにそう思ってもらっている事を信じられていないというか。

本能的には惹かれ合って依存しているのに、相手が自分を必要としていると思いきれず、自分の道を行き過ぎている気がする。
中川柿澤加藤小西4名共に自分の道を行き過ぎている事に変わりはないのだけど、自分に対してポジティブかポジティブじゃないかでここまで印象が変わるのか~というのが強くて、このうやうやした感じに理解がある(居心地がよい)人間はかきこにが好きなのかなと思った。豪が深い。


かきこにの怖いところは、お互いがお互いの顔色をそれとなく伺ってしまったり、「この人に好かれていたい」みたいな感情が出ていたり、自分で選ぶのではなく選ばされている(けれどそれが正しいとも思っている)みたいな所。主体がなさすぎる。

中川ビクターとか加藤アンリの「自分がこうしたいと思ってるからそうします!周りの意見しらんよ!!!」という振り切った考え方よりもタチが悪い。
「こうしたらあなたはきっと幸せなんですよね!」みたいな押しつけがましい間違った恩着せはやめろ、一生忘れられなくなるだろうが!!!!!
と思いながら、狙いどころはそこだから正しいんですよね。あーやだやだ。


あと共通点は「自分を下げた上で相手を評価している」ところかもしれない。
自分が100地点にいるのが中川ビクター、自分が50地点にいて相手を200くらいに見てるのが加藤アンリだとしたら、自分が0にいて相手を100くらいで見てるのが柿澤ビクター、自分が-50000にいて相手を100くらいで見てるのが小西アンリというか。
「凄い」に憧れてるんじゃなくて「普通」を凄いと思って憧れているのが不幸の原因では???


だからこそ絶対に噛み合っているのに、心のどこかで「自分はこの人の横にいる資格がない」みたいなことを思っていて、最後の最後大事なところ、気づいたときには遅すぎる時に泣くんだろな。
だからさあ!その気持ちをさあ!!手遅れになる前に言っていたらよかったのでは!?!?
2人ともそこで泣くならもうちょっと早く本音を言えばよかったのでは!?!?
もうちょっとお互い向き合って話し合おうぜ!な!!!!
いうてたかだか友達じゃん!!!!好きっていうの怖くないよ!!!!!!
だからかきこには少女漫画なんだよ!!!!!!
30代男性を2人連れて何を言うか。
でもそうなんだよ、こんなに必要とされてるのに紫の薔薇の人どまりなんだこいつら(リアルに紫の薔薇の人じゃん)。


そんなこんながあり「自分で選んだ地獄」ではなくて「誘発されて選ばされた地獄」に行ってるのに一番納得してしまっているのが、この地獄の中の地獄の地獄たる所以なのでは。
しかも「本当はこうしたかったのに」の理想形まで噛み合っちゃってるからより地獄。
この表現ってもしかして現代日本人独特のあれそれなのかもな~。どうなの?
2017年初演の時は私が好きな行間がエンターテイメント性にかき消されていた部分もあったのだけれど、2020年完全に行間が勝ってる。

いやはや、かきこに、どっちもコミュニケーション能力が低いな。
救われねえ。
でもこういう人達って本音を話したところで、好きって言ったところで、行かないでって言ったところで納得なんてしないしめそめそするんだよ。
自分のことを心の底から肯定出来てないやつは絶対にそうなる。
救われねえ!!!!!


幸せの定義とは

Twitterフランケンシュタインの感想を見つけてはいいねを押し、メンションしてくださった方に絡みに行く通り魔的犯行を繰り返してしまい、その中で「ハッピーエンドとは」みたいな事を考えていて。
この手の、多種多様な解釈が死ぬほど出てくる演目をみると自分の中の趣味嗜好価値観思想がバッキバキに浮かび上がってきて、逆に人様の感想を見ると「な、なるほどー!?」となるので本当に面白い。

しかもキャスト側もそれぞれ好きにやってるし、なんなら日により結構違うから(よしあし!)、毎日観劇した人間と演じた人間の数だけ答えがあるの、夢があってよいと思う。
観劇を趣味にしている人間って「答えが一つじゃない」って事を理解しているし、日々そのように生かしてもらってるから、本当に人生にゆとりがあって良い。ありがたい。


で、この物語における幸せとは何か?みたいな事を考えていたわけなのだけど。
ここの捉え方は、主語を「ビクター」にするか「アンリ」にするか「怪物」にするか「2人」にするかによってまるでまったく異なってくるなあと。

前述の様に、中川ビクターと加藤アンリ(怪物)は自分の中で答えが出ていて振り切っているので、それぞれのアンサーがそれぞれの正解になっているところがあるので本人が納得していればそこがある意味正解でもありハッピーでもあるかなとは思う。陽のものの力。

だから陽のものが存在してるあきこにとかきかずはどちらか1人にとっては納得のいく話になっているだろうし、陽と陽のあきかずはそれぞれが納得いく話になっている気がしていて。
この辺りはちゃんと自分の目で見てから補足修正しますけども!!!!


しかし問題のかきこには、幸せの定義が自分の中になく相手主体なのでとにかくややこしい。
そして「相手の幸せが自分の幸せ」と思っているけれど、ど実は深層心理で「自分もこうありたい」というのがあるので、それをお互いに誘発して引き出し会えたらやっとそこが正解で納得で幸せというか。

「ビクター(アンリ)が納得していたら自分も幸せだけど、本当は自分の考えを相手も思っていたらもっと幸せ(でもきっとそう思ってるでしょ?確かめるのは怖いので嫌ですけど)」みたいなやつ。うっわめんどくさ!!!!!!好き。
だからこの2人だけエクストラハードモードなんだよ。


この2人のいわゆる対外的に見てもなハッピーエンドは「どちらも死なずに和やかに生きていくこと」だと思うんだけど、こういうタイプの性格の人間たちってそういう瞬間にも不安しか抱いてないから、結局納得行くのは全部終わった時みたいなところはきっとあって。

あのあれよ、初日開けても千秋楽終わるまで結局あーだこーだ悩んで120%幸せになり切れない思想ですよ。千秋楽終わって振り返ってやっと安心出来る奴。
自分の今を上手く肯定できない人間は、渦中にいると上手く幸せが感じ取れないんだよなあ!不憫!!!(自分の方を見ながら)


つまるところこの2人の”納得”とか”幸せ”は、「相手の思想が自分と一緒だったことを確認出来た時」かつ「それが揺るがないものとしてそこに残った時」なのじゃないかなと。
私の脳みそ補正があるのでそこは個人の見解ですけど。いやもうここまでの長文全部個人見解なんで今更だった。

小西怪物(アンリ)の「北極に来い」が完全に「来てくれるかな、きっと来てくれるよね」にしか見えなくなってしまっているので、柿澤ビクターが北極に来てくれた時点で本当にハッピーだと思うし、ましてやお互いがお互いの人生の鍵閉めしてもらってるのでハッピーじゃないですか!!!!!
人生の鍵閉め。なんかこの2人本当に思想がおたく。やっぱ相手を上げすぎなのかも。


1幕の柿澤ビクターも小西アンリも、本当に自分が望んでいることと相手が望んでいることがごっちゃになって答えが出せず、自分で突っ走った結果失敗しているし傷ついているけれど、最後の最後北極での柿澤ビクターと小西アンリって双方同意の上のこの北極なので、やっとここで2人の答えが一緒だとわかるし、かつ確実にゆるがない物としてそこに残るよなあと。

「2人で出した答えがお互いの思いと一緒だった」というのが確認出来ていて、世界に今2人きりなので物凄く救いがあるし、やっぱりハッピーエンドなんだよ!!!!!

サンテグジュペリも「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。」って言ってるし、ビクターとアンリがお互いの顔色を伺いあっている1幕ではなく、お互いの答えが同じだと理解した北極にあり得ないほどの救いがあるなあ!!!!!


…と、思っているので、一方通行の納得ではなく納得して一緒に地獄にいるかきこにがハッピーエンドにしか見えてない。
勢いで打ったけど「双方合意の上の北極」って凄い字面。


そして地獄の中の地獄だからこそ、よりハッピーエンドに見えているけれど、手前の方で書いた「自分を下げすぎ」なのでハッピーの度数がめちゃくちゃ高いというよりかは「そもそもが地獄すぎ」なだけなんだよなあ。

自分達でややこしくしておいて、それがほどけただけで幸せを感じていることがハッピーなのかどうかは人それぞれだけれど、私は”それを理解できる人間と同じ幸せを目指せた”ところが一番ハッピーだと思う。
思考の癖が凄すぎるけれど、多分そういう事です全面的に。
ゼロをプラスにするのがハッピーだと思われがちだけれど、自分からマイナスにしておいてそれをゼロに戻してハッピーを感じる人種もいるんですよ。

そう、それがかきこに。


余談

原作をちゃんと読んでないので読むべきかなと思うんだけど、ざっと言うと原作だとビクターって北極で怪物に出会えてなくて、怪物に会う前に死んじゃうし、怪物はビクターが死んだことを聞いて嘆いて自分で死のうと思っていなくなるけれど消息不明、みたいな感じでぼやっとしていて、だからこそこの作品は悲劇なんだと思うんだけど。


最期に出会えず、創造主に名前さえも与えられなかったことを嘆き悲しむ原作怪物を考えたら、最後北極で出会えてお互いの名前を呼び合い、そしてきちんと創造主の手により自らの命を絶ってもらえるミュージカル版怪物ってめちゃくちゃ幸せものでは?????


と思うし、自分のやった事にきちんと落とし前を付けられず他人に託して死んでしまうビクターも、最後大好きなアンリにもう一度名前を呼んでもらえるのは本当にハッピーなのでは???????


「その後どうなったのかは誰も知らない」じゃなくて「2人だけは知っている」のって幸せすぎないか??????????
ミュージカルフランケンシュタインってハッピーエンドなんですね!すごい!!!


今日本で一番ハッピーなミュージカル「フランケンシュタイン」は1月30日まで日生劇場で上演中!!!
あなたも自分なりの幸せを探しに是非日比谷にいらしてくださいね!!!!!


演劇って本当に二次創作だよなあ(しみじみ)。


さてここまでで8000字くらい書いてるんだけどまだかきこにしか観てないっていう事実を忘れがちなんだよな、困ったな。
誰かシャンテでお茶してください。


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