夢は座席で大往生。

観る→考える→想う→書く。

【舞台】たむらさん

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2020年10月9日(金)~11日(日)
@新国立劇場 小劇場

http://www.siscompany.com/tamurasan/about.html


何がなんでも橋本淳を観に行くぞ!!!!!!!!!!!!!!と息巻いて取った上演時間約50分の二人芝居は、体感40年の一人の人生だった。

感想だらだら

頭がぐるぐるグズグズでまとまらないのでストーリー進行に沿いながら感想を。
これから観る人は内容を頭に入れない方がいいと思うので、観る人は観劇が終わってから読んでください!!!!


舞台の上には大きなシステムキッチンとダイニングテーブル、その周りには沢山のいろんな形の椅子。
開演するとまずエリーちゃんが舞台に現れ、キッチンで本当に食事の支度を始める。一切喋らない。
しばらく無言のまま、調理している背中を眺めていると、続いて淳くんも舞台上に現れ、第四の壁を越えて客席にニコニコ会釈をして見せる。

「たむらです」と名乗った彼は、「皆さんに相談があるんです、でもその前にこれまでの経緯を話したくて」と客席に投げ掛ける。
きっと後ろで料理をしている奥さんとの事で何か相談があるんだろうな~ラストでそこが解るのかな~と、こちらもニコニコしながらたむらさんの言葉に耳を傾ける。
段々と暗くなっていく客電により、ゆるくなった第四の壁を再び構築するのだが、客席にいる私達もまるでそっちの世界で話を聞いているような感じで、「あちらの世界」に引き込まれてしまう。

ここから約40分間、奥さん(仮)は一言も喋らず、客席に背中を向け、ひたすらにキッチンに向かい料理をし続ける。包丁で何かを切ったり、シンクで何かを洗ったり、IHのコンロで何かを炒めたりにたりしている。


一方のたむらさんは一人で自分の生い立ちを、本当に生まれた時からの話を、語りかける口調でこちらに話し続ける。
あまり友達はいなかった小学校低学年時代の事、ヒロイン気質のかなえちゃんと言う幼馴染みがいたが好きになれなかった事、水泳のバタフライだけは得意だった事、父の風俗通いに反発した母のホスト通いが原因で両親が離婚して父についていった事、おちゃらけキャラになってクラスの人気者になった小学校高学年の事、「調子に乗ってる」と言われていじめにあった事、フットサルのクラブに入った事、人生で初めて殴り合いの喧嘩をした事、いじめっ子が母親が目論んだ無理心中の結果死んだ事、死んだ事により自分は楽になった事、中学に上がってなんとなく皆と仲良く出来ていたが唯一クラスで浮いていた中島という男がいた事や中島が通学時に野良猫を殺していた事、高校に入ってめちゃくちゃ好みのタイプの初めての彼女が出来たが自然消滅した事、友人に連れられて行った風俗で母親を見つけてしまった事、大学には行かずに社会人になって営業職についた事、飲み会のカラオケで営業何ヶ条みたいなものの替え歌を毎回させられるのがとても辛かった事、そんな中で今の奥さんに出会った事、奥さんはピュアだけど本当に素晴らしい人だと言う事、数年ごしの交際を経て彼女の誕生日にプロポーズをした事。


そして、自分の誕生日である結婚式の日に彼女が自殺した事。


披露宴が始まると言うのに彼女の姿が見つからなかった事、近くの踏み切りでウエディングドレスのまま飛び込んだ人がいた事、自分も疑われて事情聴取を受けた事、彼女から自分に宛てた手紙があった事、彼女が自分の父親と関係を持っていた事、彼女が自分の父の子供を身ごもってしまいその子を降ろすお金に自分の貯金を使ってしまった事、その事実が許せなくて自ら命を経つ選択をした事。


これらを40分強、ただただやわらかな表情とゆったりしたトーンで話し続け、たった一回しか見ていないというのに、しっかりとたむらさんの人生を、感情を想像させられて、胸が苦しくなる。
そして、この40分間に出てくるすべての登場人物を淳くんが一人で演じるものだから、なんだろう、現代の落語を観ているような気持ちになった。
この人もまた、とても器用でとても丁寧に言葉を扱う人だ、大好きだ。

そして、ここで初めて話が冒頭に戻り「その上で皆さんに相談があるんです」と続ける。
この事を経ても裁判所は父を裁いてくれなかった、けれど自分は何かをしたい、そもそも父は確かにヤンチャをしていたけれど芯の曲がった事をする人じゃなかったのに、と、ぐちゃぐちゃの感情を言葉にして涙を流す。
彼が望むのは復讐なんだろうか、更正なんだろうか、それとも両方か。

その間、奥さん・もしくはその亡霊はダイニングテーブルに出来上がった食事を並べ、たむらさんが着席するかどうかをじっと見つめている。
たむらさんはまとまらない言葉を吐き出しながら「それでも、やっぱり忘れられないんですよ」と言葉を絞り出す。


その瞬間、舞台上が暗くなり踏切の警報器の音が鳴り響く。とてもリアルに。
左右からランプが転倒し、徐々に電車がこちらへと近づいていく。
影絵仕立てにされた踏切に、奥さん(仮)がウエディングドレスを着た花嫁の人形を持って近づけていく。
警報器の音が大きくなる、大きくなる、大きくなる。
ドン、と言う音が鳴り、影絵は血まみれになり、完全に暗転する。

呼吸が止まったかと思った。
ここまでの時間で同調させられたたむらさんの人生を、感情を持ってそのシーンをリアルに見せてくるのは余りにも酷すぎる。なんて、なんて残酷なんだと吐き気がしたし、その瞬間の私は完全にたむらさんの気持ちで震えていた。とんでもない。


明転し、食卓には夫婦が着席している。
「そんな話知らなかった」「もうインターネットとかで結構広まってるよ」そう話す夫婦の姿がある。
どうやら、これまで料理されていたこの夕食はこの夫婦のためのもので、今まで聞かされていたたむらさんの話はこの食卓を囲む旦那が奥さんにしていたものらしい。
夫婦は、ティッシュが後ひと箱しかないから明日買わないといけない事や、この事件が結局復習目的だったのか、それとも更生目的だったのか、みたいな事を話しながら、今まで聞いていた「たむらさんの人生」が彼らの日常のトピックの一つとして流され、そしてふわりと宙に浮いた頃、流れ出るシンクの水音にかき消されて、暗転し、物語は終演する。


この構造も余りにも巧みでゾッッッとした。見せ方が上手すぎるし、ミスリードへの誘い方が上手すぎる。
脚本も演出もどうかしているし、どうしたらこの世界観を作り出せるんだよ!!!と具合が悪くなった。
もう、何の感情がどうぶっ壊されたのか解らないまま、とにかく呼吸は荒くなり、動悸は早くなる一方で、手の震えが止まらなくて帰りしなに傘を落とした。
逃げるように新国立劇場を飛び出したが、自宅に帰りついても心臓の鼓動はまだ速いままだった。


ひとつのニュースを見た時に、それをエンターテイメント的に消費したり、好き勝手議論するのはとても容易いが、いざ実際にその当事者の人生を知って、感情に同調してしまったらそんな事は出来なくなる。

他人事ではなくて、いつだって当事者になりえる事に対して、無責任に話す事よりも、その人の生きてきた道や感情を知ろうとしたらいいんじゃないのか、と思わされる部分もあれば、まるまでったく反するようだが、どんなに同調したところでその感情や人生は自分のものではなく他人のもので、自分の物にはなりえない。どんなに同調して察しようとしても、それはあくまでも同調した上での憶測にすぎないのだから、自分と他人の境界線はハッキリ引かないとならない、とも思わされた。

演劇って本当に面白いし、色んな人の色んな死生観や、色んな思い、感情が沢山詰まってるなと思った。
とにかく、私は怖い思いをした。その一言に尽きる。


淳くんは本当に凄いよなあ、としみじみした。
新国立で淳くんを観るのが何回目なのかもう良く解らない、大分観てる気がするし、全然観てない気もする。
やっぱり私はいつになってもどれだけ経っても「舞台の上にいる生で観る橋本淳の演技」が大好きで、今回もこの独特な空気と、一歩間違えると興覚めする恐れと隣り合わせの緊張感、人を引き込む呼吸、そんなもの全てが心地よくて「本当に好きだ!!!!」と全力で思った。

椅子をいじめっ子に見立てて殴り合いするシーンも、椅子を彼女に見立てて抱き寄せるシーンも、本当に椅子が人に見えてびっくりしたし、なんでそんなに色んな事が器用で上手いんだよ!とキレそうになった。
けれど、やっぱり私が一番好きなのは、今その場にいない奥さんを思って泣きながら、父を憎んだらいいのか憐れんだらいいのか解らなくなっている、あの感情が大好きだ。
いつになっても、橋本淳という役者には「その場にいない人間に対するクソデカな感情」を表現していて欲しい。
あんまり新国立でそのタイプの淳くんを観てなかった気がするから、今回はとっても嬉しかった。
ハケ際にご飯が口にまだ残っててもごもごしてるのも面白かった。

30代になった頃からなんとなく丸くなって、演技のアプローチも柔らかくなったように感じていて、私は淳くんのあの観ているだけでこちらも苦しくなるような、どこか生き急いでヒリヒリする表現が大好きだから少し寂しく思っていたのだけれど、彼はその刃を折ってなんかいなかったし、体の奥底に隠し持っていた30度カッターよりも鋭利な何かで、私の心をまたズタズタにしてくれた。ありがとう、一生尖っていてくれ。頼む。


いや~~~~物凄い体験をしてしまった。
この作品がたった3日間の3公演しかないのは勿体無い!とも思ったが、これは短期間でやって世の中に作品の構成が出ないからこそ出来る業だとも思った。
こういうのって難しいんだ本当に。

でも、だからやっぱり演劇って奴は、やめらんない。