夢は座席で大往生。

観る→考える→想う→書く。

【オンライン演劇】VIVA LA VALENTINE

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2021年2月6日(土)・7日(日)・11日(木祝)・13日(土)・14日(日)
サンリオピューロランド

https://www.puroland.jp/viva_la_valentine/


サンリオと劇団ノーミーツがコラボをして、オンライン演劇をやるぞ!!!
「大人の事情ってなあに?」の台詞をフックに、閉館後のピューロランドを使って50分間のワンカット一本勝負!!!
そんなもん面白いに決まってる!!!初日に観るぞ初日に!!!!

そんなこんなでいざ初日

などと、息まいて初日を観たら色んなものがひっかかってしまった。
圧倒的違和感、言語化出来ないこれは何~~~~!!!!!と叫びながら色々と書き散らかした初動の感想と実況たち(ブログ下部にリンク設置)。

その後、2日目に観た友人と色々と話をしていたら頭がクリアになり、きちんと言語化出来て来たので、観劇感想としてブログに残しておく事にした。
なので、自分が思った事をたらたらと書くだけの奴!!!!

ちなみに

カメラワークや演出面は本当にとても素晴らしいクオリティで、サンリオとかピューロとのコラボは永久にやってくれ!!!というものだったので、映像作品としては物凄く心ときめかされて信じられない位感動した。
ひとつひとつの計算されたカメラワークや、画角、フォーカスの当て方がどれも素晴らしくて、物凄く入念に準備をして、いかによく見せるかを探求した結果だよな~~~と感じたし、そこは間違いがない事なので、そういう事もきちんと書いておきたい。
サンリオピューロランドという建築物を美しく見せるという意味ではとんでもなく素晴らしい映像だった。
事前のビジュアルなども本当に趣味にバチっとハマっていたので、ビジュアル面では趣味が物凄く合うんだろうな……。


だからこそ、自分が何が嫌で、何をいいと思ったのか、それは残しておかないと感情が腐ってしまうので。
どんなに自分と合わない作品だって、誰かが魂込めて作っているものなので「嫌い!」の悪口だけで終わりにはしたくはなくて。
こちらも覚悟を持って自分の感情を吐露するのが誠意でしょ、と思うから、しっかり自分を突き詰めて、何が合う・合わないを言語化して残しておくのが、お金を払って観た上で一番やるべき事かなあと。

以降は基本的に合わなかったなあ!という話でしかないので、楽しかった!と思った人は読まなくていいと思う。
私は、同じように感じた人と出会いたくて書いてるだけだし、正義も思考も人それぞれなので。

チケットについて

紙チケットがかわいかったので、前売りで紙チケットを買った。
校正ミスで誤った日程が記載されていたので送り直し、というのはよくある凡ミスだし、起きてしまったものは仕方がないので「まあそういう事もあるよね」という感じ。
本番間際の現場なんてバタバタしてるもんだし、ヒューマンエラーに関しては仕方がない。そこはまったく気にしていない。

けれど、送付方法がペラッとした封筒にチケットがそのままポンと入っていて、保障もなし。
これはダメでは……?となった。
開けた瞬間、とても悲しくなった。

客がそのペラペラの封筒を開けて、送付状もなくチケットがぺらっと入っていて、場合により水濡れがあったり折れていた時にガッカリするというのを予想出来なかったというのが残念というか。
なんだろうな、めちゃくちゃ客の顔が見えていないように感じた。

観劇体験というのは素敵な作品を観せればよいだけというものではなく、観劇する日に向けてどれだけ客をわくわく待ち遠しくさせて、よりよい状態で当日を迎えて、心の底から楽しんでもらうかだと思うので、封筒をあけてもわくわくしない状態で送付してしまったのは、結構な判断ミスだよなあと。

結局のところ日にちを修正したチケットは、追跡有の折り曲げ防止対策がしっかりされていて、送付状もついていた。
そう、そうなのよ、最初からこの状態で受け取りたかったな……という気持ちしかなかった。
オンライン観劇とは言えチケットは金券なので保障なしで送ってはならない……。結局こうやってトラブルになると、ただの二度手間でしかないので。
金をかけるって事は、自分達を守るって事だよなあといういい教訓になった。

※当初「普通郵便」と記載をしていたのですが、メール便の可能性が出て来たので修正。
ペラッと送られてきた事への衝撃が凄すぎて早々に封筒を処分してしまったのにも関わらず断定的な書き方をしてしまったので反省します。

 

内容について

結局のところ、「所詮キャラクターだろ」という台詞を吉池に言わせた今作の脚本家自身が、その感覚を100%は拭えておらず、そこが一番引っかかってしまった。
誰よりも一番キャラクターの個性を理解して生かしきれず、”所詮キャラクター”として扱ってしまったのはこの座組と脚本家だよなあと。それをしみじみと感じた。
サンリオとコラボしてなんか凄い事をやるの主語が自分達に向きすぎていて、サンリオ側やキャラクター側への歩み寄りが足りなかったように思う。
コラボレーションでもセッションでもなく、Feat.サンリオというか。

そしてその自分達の美学に乗っ取った台詞を、そことは異なる精神を持つキャラクター達に代弁させていたのが苦しくて堪らなかった。
一方的に調べるという事はしたんだろうな~という努力は感じたが、キャラクターと向き合って対話は出来ていなかった。
ちゃんとキャラクター達と打ち合わせをして話し合いをしたか?一緒に鍋食ったか???
多分、この脚本家はそれをしていない。同じ釜の飯は食ってなかったな~~~~~!!!
みたいな事が大前提としてある。


後は女性や男性の役割がいわゆるステレオタイプのもので、この話が"頑固な女性上司"と"サンリオが好きな若手男性社員"だったらまだ色々納得いったんだろうな~~~とか思ってしまった。
令和ももう3年になるのに、そんな設定で来ます!?とゾッとしてしまった。
小室が若い男性社員で、めちゃくちゃサンリオが好きで!という話だったら、それこそサンリオ男子に通ずるものでもあるし、見え方が変わってきた気がするんだけどなあ。
そんなステレオタイプの登場人物達が、解ってくれない上司(考えが古い世の中)に無理を通してゴリ押しで納得させる姿勢、物凄くテレビっぽいんだよなあ!!!!!!!!と思っていたら、やっぱり脚本家が放送作家で、とにかく自分の放送作家との相性の悪さを感じる。


とにもかくにも小室が"プロのスタッフ"ではなく"か弱い女の子"として描かれていたのが本当にダメだった。
どんなにその前提を覆す内容だったとしても、女性はそういうものだと思っていなければ、小室はあんな描かれ方をしない。
この設定つけた人が脚本家なのか知らないけれど、現場の最前線にいる女性陣をなんだと思っているのだろうか………?
いや、だって本番間際の現場で泣く奴がいるか!?!?!?
ここに関しては本当に吐き気がするほど気持ち悪かった。自分の中の倫理の話として、許されないポイントすぎる。
小室が男性だったら泣かせていいという話ではないのだけれど、あまりにも登場人物が《記号》すぎる。
令和ももう3年だけど!?!?!?!?


そしてサンリオは多様性の国だし、キティさんは誰にでも歩み寄って仲良くなれる天才だ。
そのキティさんが相手(吉池)の意見をまったく聞こうとせずに「見てて」と言った事が、私の心をズタズタに傷付けてしまったんだろう。
私の知ってるキティさんなら、あそこで一方的な押し付けはせず、吉池と和解をしてから吉池も巻き込んでショーをすると思うので。
「あなたの考えも素敵だけど、皆の気持ちも知ってみない?」と言うんじゃないかな。

何より、私の知っているサンリオキャラクター達はもっとプロ意識が高くて(色々トラブルは起きるけれど)ショーに対してはもっと真摯で、ワガママを言う時も自己満足や自分勝手ではなく"こうした方がよくなるはずだ"という己の美学を掲げて、それがぶつかり合って喧嘩しているイメージがある。

そんな「自分がチョコあげたいから」とか「かわいい服が着たいから」なんて話を本番直前に言い出すような子達ではないし、プリンのあの「自分は変更ほぼないから関係ない」というあり方もめちゃくちゃ嫌だった。
プリンは自分の変更がなかったとしても、きっとリハに立ち会ってくれるのでは???
少なくとも、そんな他人事で自分の為だけにショーをやるように感じてない子達が、自分のワガママだけを通して、それを”素直になる”と語っていたのが気持ち悪くて仕方が無かった。
クロミさんはそんな女じゃない…………。


”素直になる”事と”ワガママを言う”事は違う。
そして、ワガママが受け入れられて、言った自分が愛されるかどうかは別の問題だ。
今回のこの「ビバラバ」は、その辺りがきちんと描かれていないというか、むしろ素直になったあなたは素敵で、誰にでも愛されるからそれでいいのよみたいな間違った背中の押し方をしていたので「それは違うでしょ!!!」となってしまったというか。

ワガママを言うのは自由だが、それは自己責任でリスクが伴うものなので、自分はリスクを背負わずに好き勝手ワガママ言って、それが皆に受け入れられてハッピーエンドめでたしめでたし!なんていうのはファンタジーでしかない。

公衆の面前でいきなり全裸になるのはあなたの自由だけれど、それで通報されるかされないかはまた別の話だってのと同じでしょうよ。
いきなり全裸になっても皆が許してくれる社会を作りたいのであれば、それ相応の覚悟を決めてリスクを背負って根底から変えて行かないとならない。
何故なら世の中には自分と異なる価値観の人間も当然存在するので。
その大前提をぶっ飛ばしてくれるな!!!!


”心のままの自分を愛されたかったら素直になった方がいい”というのは正しい。
ただ、そのアプローチがちょっと変というかなんというか、あまりにも自己中心的すぎるというか。そこに結果が伴うかどうかはまた別の問題というか。
そもそも作中人物に《本当は自分はこうしたいのに、誰かにやらされている》みたいな考え方の持ち主が多かったので、そこも気持ちが悪かった。
小室の《私は本当はこんな風にしたくない》も、鈴木の《本当は演者をやりたいのに》も、キャラクター達の《本当はこうしたいのに》みたいなのも全部全部、大人でプロならば自己責任で、自分達で選んで決めた事だ。

自分が納得いかない道を歩んでいる責任の所在を他者にして、あまつさえその他者を《悪》としていいのは子供だけである。
責任が自分にあるから、きちんと準備の段階で誠意を持ってぶつかって、相手に気持ちを理解してもらうべきなのではないだろうか?
作中人物が全員あまりにも幼すぎたのかもしれない。唯一芯が通ってると感じたのは吉池だけだった。
なのでその吉池が悪として描かれているのがあまりにも気持ち悪く、これは子供の駄々であり夢の話だよ……と興覚めしてしまったのだと思う。


それこそ、小室が辞表を叩きつける、ダニエルが「だとしたらスポンサー降りていただいて結構です」と言う、鈴木もピューロを辞める……位の覚悟をして作り上げたものが、結果吉池の心を動かした!とかだとよかったんじゃないだろうか。
皆で吉池を悪役にするわりに、誰もリスクを背負ってないのがとてもとても気持ち悪かった。

社会とか世の中っていう物は自分達と違う思想の人間も沢山いる場所で、だから自分でリスクリターンを考えて、色んな歩み寄り方や離れ方をして生きていく場所だと思うので。
”自分達を理解しないものは悪”という考え方は、あまりにも幼くて苦しい。
それは自分達側からの視点の話でしかなくて、向こうからしたらこちらが悪になりえるという事はきちんと理解をしないとならないし、だからこそ歩みよりをするのがサンリオの美しさでは……???


最後の録画パート(ワンカットじゃないんかい)も、閉館後のピューロランドという設定なのにエントランスショップが開いていたりBGMがかかっているのが不気味で仕方が無かった。設定がブレている。
どうせ録画にするのであれば、後日一人でフラッと来てしまった吉池の図として、日中の普通に客がいる時に取ればよかったのにな~とか、そもそもの作り込みの甘さというか、吉池というパーソンに対する感情の軽さも感じた。

エンターテイメントで世界を変えたいのであれば”吉池がこのショーにどう心を動かされて何を感じたか”が一番大事なところなのに、そこがカットになってしまってあのお土産屋のシーンで済まされてるのがあまりにも勿体無さすぎる。
それって結局吉池も倒すべき・超えるべき敵という記号であって、主人公サイドの自己満足でしかないよなあと。
吉池はクリアされてしまったらもう多くを語る必要がない人物として処理されてしまったのも、サンリオっぽくない。

あのあれだ、「スカッとジャパン」っぽいんだよな。
ストレス発散させることを目的とした結果、最初から用意されてるストレスという必要悪。
そしてそのストレスを排除したのでめでたしめでたし!!!ってそんな事あるか!!!!!!
世の中に悪なんてものは存在せず、ただの正義のぶつかり合いでしょ?と私は思っているので。

鈴木について

作中人物「鈴木」。
鈴木とプリンの関係性は好きだし、鈴木は鈴木でそれなりにいい奴だし頑張って欲しいとは思った。
ただ、ミュージカル俳優を志していたが、色々頓挫し折衷案としてピューロランドのスタッフとして働いている、という設定。
これがま~~~気に食わない。

私は普段ピューロランドで働いているフレンズ達が、スタッフである事に物凄くプロ意識を持っていて”ピューロランドで働きたいから”と一生懸命な姿を見ているので、物凄く尺全としなかった。
スタッフしろ、ライブエンターテイナーにしろ、ピューロで自分が輝ける!という事を誇りに持って働いている人がいて、前線でいつも頑張っているからピューロがあるのに、その大前提を覆すような人間がピューロランドのスタッフをやっているという設定なのが、生理的に無理だった。
それこそ、普段青ジャンパー着てオンステージを守ってる人達、とても素敵だし、大好きな人もいるので、そこにある意味負け組のレッテルを貼ってきたのが「えーーー!」というか。

スタッフにはスタッフのプロフェッショナルがいるので、演者がスタッフをやったら超無能になるなんて事はよくある。
そして、スタッフになりたくて誇りを持ってスタッフをやっている人間がいる事もよくよく知っており、なんならスタッフの方が好きな位なので(?)、巷によくある”表を諦めて裏方に”という考え方を提示されたら「ゲエエエエ!!!」となってしまった。

逆に鈴木はスタッフとして上手くやっていけてるなら、スタッフの才能があるので演者は向いていないのではなかろうか。
スタッフ業務も出来る演者も勿論世の中にはいるが、基本的には別の才能だしなあ。
でも、裏方を軽んじる演者は往々にして大成しないです。これはマジ。
全面的に演者至上主義だし、プリンシパル至上主義だなと思った。
本番直前にやる事変えたら、音響とか照明とかのこだわりはどうなる訳?????
その人達のこだわりは踏みにじっていいのか???そんな訳なかろうよ。


何より、どんな理由があっても、客からお金を取っている配信にいきなり素人が(しかもスタッフジャンパーを着て)乱入するなんて事は言語道断で、それがいくら鈴木が自分の心に素直になった結果だとしても、ただの自慰行為でしかない。独りよがりが過ぎる。
これをしてしまった時点で鈴木はスタッフとしても演者としても、すべての作品に関わる権利がなくなってしまう。

ステージは誰か一人の為のものではなく、客席も含めて”皆で作り上げる”ものだ。
それを私物化して、リハーサルもなく客にいきなり見せつけるというのは、多数の人間の努力の結果作り上げられるエンターテイメントそのものの信念や誇りを踏みにじる行為でしかない。
夢と希望だけで現実を覆せるほどファンタジーに溢れているのであれば、私たちはエンターテイメントなんて求めやしない。
そのエンターテイメントの本質を踏みにじるような存在をキーパーソンにされた事が、とてつもなくショックだった。
だからさあ!!!こういう事はせめてゲネプロまででやれよ!!!!!!!!!


そんでもって鈴木を演じてる方のプロフィールに「元テーマパークスタッフ」と書かれていて、これフィクションじゃなくてノンフィクションなの???????となってゾゾゾっとした。
(その事を引用RTしたらいいねが来たのでそれはそれでめちゃくちゃ怖かった、今あんまり”いいね”ではない話をしているのだが……?)

これ、もしかするとある程度事実を基にしたフィクションで、ノーミーツ側に小室みたいな人が誰かいるのかもな~とも思った。
下手にサンリオかピューロランドが好きな人がいたからブレーキ利かなくなっちゃってるけど、その当人が俯瞰で見れなくなっちゃってて、サンリオのよさをつぶしちゃうパターン、あるあるだな……。

作中の小室にも言える事だけど、好きなものと仕事するっていうのは、めちゃくちゃ難しい事で。
結局皆自分がかわいいから、自分が作ったものの方に肩入れしちゃって「それは本当にいいのか?」という問いかけが出来なくなって、否定も出来なくなる。
疑問を抱けなくなるとブラッシュアップが難しくなり、凝り固まった一つの何かを「正解だ!」として殴りかかってきちゃうこの感覚よ……。
まあ全ては憶測でしかないんだけど、でも登場人物達の主張する事が妙にリアリティのある「いるわあ!こういう奴ら!!」だったので、そんな気がする。

鈴木みたいな人がいて、小室みたいな人がいて、吉池みたいな人と何か嫌な事があって、「俺達は凄いんだぜ!」という話をピューロランドとサンリオキャラクターを使って代弁させられちゃった感じがして、それが気持ち悪いんだな。
なるほど。しっくり来てきた。


ノーミーツさんはちゃんとキャラクター達と歩み寄って話し合ったのだろうか???
本当にサンリオのキャラクター達がはこういうセリフで大丈夫だよって打ち合わせで承諾してたのだろうか???
多分してないよなあ。キャラクター達と語り合った形跡がまったく見られない
セッションじゃなくて、与えられた歌詞をただ歌わされてるゲストボーカリストみたいな感じだったなあ、キャラクター達。

キャラクターの”声”について

それなりにメタな事を言うので嫌な方は飛ばそう!!!

主にキティさんかな~~~の声が「キティさんぽくない」と感じる事があった
声色というより話し方というか、言葉の感じが「これキティさんじゃなくない???」となるシーンが結構あった。
それはキティさんが言わなさそうな事を言っていたからかもしれないけれど、キティさんの呼吸の感じとか、キティさんのテンポ感ではなかったというか。
そこにキティさんの心がまったくなくて、まるでキティさんが他の誰かを演じてるような、そんな気持ちになって見ていた。

キティさんの声を収録するにあたって、あんまり技術面とか演出面で口出しをしていないのでは???
立ち会っていた位、もしくは完全に丸投げか。
台本をポンと渡してサッと収録して終わっちゃったんじゃないのかな~という印象というか、キャラクター達の温度感がちょっとずつ違って、同じ空間で一緒に芝居をしている感じがしなかった。

それこそいつぞやの角松さんのイルミナントリバースの際は、角松さんはセリフにこだわりまくって
「彼女達の気持ちを神の声で話してもらってるから納得行くまで何度もテイクを重ねた」みたいな事をおっしゃってた。
だからこそあの空間でキャラクターが物凄く”生きてる”ように感じたし、キャラクター同士の距離感もよくわかってめちゃくちゃ感動していた印象がある。

ただ、今回本当にキティさんだけ謎の違和感と距離感があり”台本を読んでる”感が物凄くて、そこがとても怖かった。
カンパニーで一人だけ浮いてる女優って感じというか、本当は演出家に何か言いたい事があるけれど特には言わずに演技をした結果の声色という印象だった。

なんとなくまとめ

脚本……というかあとカンパニー全体からかな。
《俺達の作ったものは新しくて楽しいし、色んな人の心を動かせる》という圧倒的慢心が作品に全面的に出てしまった気がする。
いや、エンターテイメントを作るなんて言うのはそういうポリシーでやればいいのでそれで構わないのだけれど、圧倒的自信の結果、俯瞰で見られなくなってしまっているというか。

これは劇団公演ではなく他社とのコラボレーションなので、”サンリオサイドから見た時にどうなのか”みたいなのが見えなくなってて、大分視野狭窄に陥ってるな~と感じた。
作ってる人達は多分物凄く楽しくやってるだろうし、やりがいも感じてるし、みたいなのは伝わったし、一生懸命だし、不義理を働いているようには感じなかった。

でもそれが「圧倒的正義!!それで世界を塗りかえる!!!」となってしまってるのが、やっぱりどうしても引っかかってしまうのかもしれない。
物凄く自分達に盲目になっちゃっていて、NGとかダメ出しが耳に入らない状態というか、浮かれすぎてて一回深呼吸した方がいいかもね?みたいな。
盛り上がりすぎて、悪い事を悪いと言えなくなってしまってる高校の文化祭みたいなイメージ。

物凄く内輪ノリで楽しいのは結構なんだけど楽しさの押し付けというか、やっぱりここでも客の顔が見えていないのが顕著に伝わってしまう。
やっぱりどっかテレビ的というか、演劇は客と一緒に作り上げるコンテンツという意識が低すぎたので、自分の価値観と噛み合わなかったな~~~。


別にこれを下北沢の小劇場なりなんなりとか、自分達オリジナルのショートムービーで作るならなんの問題もなくて、好きにしたらいいよ~~~!!!と思うのだけれど(どんな思想を持とうがどんな作品を作ろうがそれは自由なので)。
よりによって私のクソデカ感情の海・サンリオピューロランドとのコラボで、大好きなクソデカ感情キャラクター達がステレオタイプの言動をしてしまったので、どうしても吐き出さざるを得なかった。
そうじゃないと、自分の気持ちで自分がつぶれてしまうので。

やりたい事はわかったけれど、サンリオがやりたい事とか、キャラクターがいつも思ってる気持ちをわかってもらえていないような気がして、それがとても寂しくて切なくて悲しかった。
客席が置いてけぼりになって「素敵なものを見せてあげますよ!」とされてるのが苦しかった。
だからこの気持ちを残しておく事で、この作品を作った人達と少しだけでも歩み寄るキッカケになるかもしれないし、同じように「えー!」と思った人の心を軽くするかもしれないし、みたい事を考えたので、誠意と覚悟を持ってきちんと残す事にした。

とにかく、折角ショーに対してのこだわりを語るストーリーならば、私はキャラクターたちの激重クソデカ感情で論破して”吉池も含めた全員が納得した上で”本番に挑んで欲しかった。
納得していない人間がいる中でショーを強行させるような事、皆にはさせて欲しくなかったなあ。
というのがいち観劇者かつサンリオファンの感想でしたとさ。


この演目に限らずだけど、心から「いい」と思ったものはそう語ったらよい。それもひとつの正解なので。
けれど、どこか引っかかっているものがあるのに、表面では褒める層が増えた気がする。それはやめようよ~!とずっと思っている。
別に必要以上にこき下ろせとは言わないけれど、そうやって両手離して褒め続けた結果、エンターテイメントがつまらなくなっていく一方だと思うので、周りの顔色をうかがうんじゃなく、簡単な言葉でまとめるんじゃなく、「ここが好きだったな、でもここは得意じゃなかったな」みたいな事をもっとたくさんの人が言語化出来るようになったらよいなと思う。
そのキッカケになるのがエンターテイメントだし。
エンターテイメントはコミュニケーションのフックだ。
だからやはり、一方的な押し付けになってしまってはよくないよなあ、という結論。


私、めちゃくちゃピューロとサンリオに対してこだわり強いんだなあ!!!!超好きじゃん!!!!!!!!というのが再確認出来て大変意義ある時間になりましたとさ。
という意味でも観てよかった~~~~~!!!!!
だし、繰り返すようだけれど映像演出は本当によかったので、お金を払って観る価値はばちばちにある。
ので、興味ある方は観ていただいて、自分なりの感想が出せるといいんじゃないでしょうか!それこそ多様性!!!!


おしまい!!!


余談

先日書いた「最近のピューロに思う事」みたいなこの感情とも近いんだろうなあと。
ka-ri-ng2.hateblo.jp


映えを意識した結果、キャラクターの個性が後ろに行ってしまう圧倒的違和感。
「この子達でやりたい!」が手前に来てほしいのに、「よく見せる素材として優秀な子達」になってしまうのは惜しいよなあと。
やっぱり私は、ピューロランドに《いい子》や《優秀》を求めてないんだろうな。
皆があるべき姿、あるべき心の持ちようで素直に自由になれて、その上で好きも嫌いもお互い自由に出来る場所、誰も正義じゃなくて誰でも正義な場所。
それがサンリオとピューロであって欲しいな。

なのでキティさんは仕事を選ばない位がちょうどいいです!!!!!!!


現館長がTwitterで絶賛して「感動した」と言っていたのがビジネスなのか本音なのかわからなかったけれど、本音で言っているのであれば、やっぱり私は今のピューロから離れるべきなんだろうなあ~としみじみ感じたりもした。
まあでもこの一線引かれて「与えたものを楽しんでね」のスタイル、現館長ぽいからしっくりきちゃうんだろうな。
とはいえこのスタンスで貫かれるなら、きっといずれ心臓がズタズタになってしまう。
というか、もうとっくにズタズタなんだけど!
好きなものを好きでい続けるというのは、難しいものだ……。

でも、やっぱり、それでも、私は、正義を押し付けられるのではなく、歩み寄りと許し合いの国でいて欲しい。
頼むよサンリオエンターテイメント~~~~!!!!!!!!


おまけ

エントリ投稿後の気付き
https://codoc.jp/sites/karing/entries/Y47llSF79g
二つ目の段落から。
自分にとって当たり前だと思っている事を今さら大きい声で叫ばれた違和感と、憎しみの連鎖を起こす事について。


初動の感想 https://codoc.jp/sites/karing/entries/0dvb0sfd8g
実況&感想ツイートまとめ https://togetter.com/li/1663679

初動は正直激ギレしていて、感情論でしか話をしていないので、このブログの補足として扱ってもらう位が丁度よいかも。